保険ジャーナリスト 森田直子のBlog

板橋区の片隅でヒッソリと保険ジャーナリストしてます。(有)エヌワンエージェンシー代表取締役、インスウオッチ発行人。2010年11月に頚部脊柱管狭窄症で手術を受け足腰がやや不自由な身となりましたが、なぜか原稿書くスピードはどんどん速くなり日々原稿書きに追われております。仕事&シングルマザー生活&趣味のベランダ菜園など自由に書いてます。

頚髄症(頚椎症性脊髄症・頚椎脊柱管狭窄症)

ド派手な病人おばさんを目指し精進します

昨夜長女と話をしたときのこと。

長女の知り合いでもあるミュージシャンのダースレイダー氏という人が、ピエール滝の逮捕で音楽業界がCD等の発売を自粛したことについて、問題提起をする記者会見を行ったのだが、それを取り上げたテレビ番組バイキングにおいてお笑い芸人のおぎ氏が、彼のファッションなどを揶揄する発言をした事で、ネットなどでも炎上が起こっている。

ダースレイダー氏は脳梗塞の合併症により片目を失明している。派手な眼帯は彼のトレードマークでもあり、眼帯のブランドを立ち上げていたりする。その派手な眼帯の姿をおぎ氏が揶揄してしまったわけである。

ダースレーダー氏が片目を失明している障害者であることを知っている長女は、番組を偶然見て非常に嫌な思いがしたと言っていた。しかし、当人は全く気にしておらず、曰く、「慣れている」とのこと。長女によると、この方は大変頭の良い方で人間的にも非常にいい人とのこと。
https://ototototo.com/dacereida_gantai417/

高学歴のはず、と娘は言っていたが、後で調べると、東京大学教養学部文科粁爐鮹翅燹(中退でも東大・・・)

そんな話を聞いていて、数日前に私に対して障害者を差別する発言をした人がいたときに、怒りと惨めな心境になった自分自身を、まだまだだなと思った次第。
https://twitter.com/nyao_morita/status/1118012503542255616


以下、彼のツイッターからいくつかピックアップ。

「ちなみに僕はド派手な病人が信条で、弱々しく大人しい病人イメージの固定化に抗うもの(ガッツ風)。派手な眼帯もそうなので、ファーストインパクトは想定済みです。NEWS RAP JAPANでも毎週コメで言われてたし。だから全く怒ったりしてませんが、僕の為に怒ってくれてる皆さんには感謝です!」

「以前、ナイトクルージングのトークショーの後に片目が見えない方から「何故わざわざ派手な眼帯で周りに知られるようにするのか?」と質問された。もちろん、わざわざ知らせないでも良いんですが。今回のような事があれば、なるほど世の中には片方の目が見えない人もいるんだなと気づく人は増えます。」

「僕の眼帯ブランド、OGK。夢は医療系メーカーとのコラボです。興味ある方は是非何かやりましょう!ド派手な病人目指して!
https://ogkogk.com/



私も今後は、ド派手な病人おばさんを目指し精進します。m(_ _)m

杖をついていても、あなたと同じ人間ですよー

普段杖ついてヨロヨロ歩いていても私の住む板橋区の大山はお年寄りが多いので珍しいわけじゃないし、親切にされることの方が多いので、何か奇異の目で見られるような事はほとんどない。
 

でもつい先日大山に新しくできたカフェにふらっと入ったところ、店員から、久しぶりに(なんか迷惑な人が来たっぽい?)というような差別満載の見下された対応をとられてしまった。
 

たまにこういうことがあると自分が障害者なんだよなと言うことを改めて痛感する次第。たまにはこんな体験も我が身を振り返る意味で必要かもしれない。うれしくはないけど。




だいたいさ、

杖をついてる人に見下した態度とるヤツは将来自分が歳をとって弱ってからバカにされればいーさ〜へっへーんだっ!!!

…なーんて、あら私ったらつい口が滑ってしまいましたわ、ごめーんちゃい♪ ほほほ

頚椎症性脊髄症(頚髄症)、その後のあたし

このブログにたどり着く人の中で一番多いのがこの病気に関する検索ワード。同じ病気になった人やそのご家族の方が読みに来ている模様。

というわけで、そういう方々に向けて、この病についてチト書いておこうと思う。

頚椎症性脊髄症(頚髄症)とは何か

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人間の脳は宇宙

昨夜脳科学に関する番組をやっててガン見した。

とくに驚愕したのは、生まれつき「小脳が無い」という症状により、運動能力に重篤な障害をもつ赤ちゃん。2歳をすぎても歩けず喋れず、座っても安定出来ず、まっすぐ物を見る事も出来ない。ハイハイも手足が思う様にでなくてバラバラな動きをするためうまく出来ていなかった。かなり重度な症状と感じたが、その子が8歳になったら普通の小学生とまるで変わらない活発でハキハキとした利発な子に育っていた。訓練と家族愛の賜物である。「脳」は、不足する分があっても訓練と環境によって、違う部分を発達させてカバーできるという実証例だった。
他にも、若年性アルツハイマーの人の事例も紹介され、家族愛が病気の進行を遅らせている様子を見ていて感じた。

こういうことに関して、私自身にも多少思い当たるものがある。

5年前の頚椎疾患の際、ちょっと片足が痺れるかも?というぐらいの自覚症状から3ヶ月かからず、私は殆ど歩けないぐらい急速に症状が悪化した。手足が思う様に動かなくなり運動能力が急激に退化したわけだが、その時なぜか、体は思う様に動かないのに、目が良くなった?というか動体視力のようなものが高まる感覚があった。人の口の動きや目線の動きがスローモーションのように非常によく見え、相手が何を考えているかを察知できたりした。

何かの能力が脱落すると別の能力が突出する、というような実感。人は普段は多数の能力がバランスをとって均整しており、多分、本来の力の半分も出てない状態にあって、あえて何かだけが突出しないようにしているんだと感じた。火事場の馬鹿力は、一瞬でこのバランスを壊して一部の能力を高めることを言う。また、目が見えない人が音楽の才能が高かったりするのは、多分こういうことだろうと思えた。

そして、手術直前の頃には、呂律が回らなくなり言葉が出にくい感覚や、モノの名称や日付や、子供の名前すら出てこないという感覚を味わっている。アルツハイマー的だったなと、今振り返ると思う。

またその時、物事を考える時にAという考えとBという二つの考えがある場合、頭の中に全く異なる2人の人物がいて違うことを言っているような感覚があった。まるで二つの声が聞こえるような・・・

普通の人は、これが統合されて一つの自分の思考として感じているが、バランスを崩すとこういうことになるわけだ。神様の声が聞こえる、なんてことを言う類の話しは多分これだろう。ちなみに、二つの声現象は、術後半年ぐらいで、だんだんと一つの自分の思考に統合していった。2人がひとりになり、最後は、これは自分だと思えた。その過程を実感したので、ある意味、面白い経験だった。

また術後間もない時期に、何度も行ったことのある、ある駅まで行った時に、改札から出た街の光景が一度も見たことがない知らない街並みで、一瞬パニックになったことがあった。しかし一週間後に、突然記憶が降ってきて、あの時の初めての光景がよく見た光景に変わるという感覚を味わった。物忘れはこのようにして起こる、の逆体験である。

人は本来、一度でも見たり聞いたりしたことは脳の中の引き出しに入る。そこへの回路があれば思い出せるが、回路が切れると全く見たことも聞いたこともない事になる、これが物忘れやアルツハイマーの原理なのだと体感した。そして、切れた回路は復活しうるということも、身を以て体験したのだ。

頚椎疾患以降、復活しなかった症状もいくつかある。例えばパソコンの字の打ち間違えを頻発するようになったが、これは治らない。指先の動きが、頭で思うことと一瞬ズレるような感じが残ったままである。でも、PC打ち間違いは、文章を2-3度確認する癖をつければ、殆ど問題ない。そもそも原稿書いたら文章読みなおすの普通なので、全く問題はない。

字が書きにくい症状も改善せず進行して字が汚い人になってしまった。
パソコン仕事なので字が汚いのは益々なおらず、訓練もしてないからヤバイわな(^^;

また記憶力や思考力は一度著しく落ちたわけだが、仕事を遂行することが訓練になって回復してきていると感じるものがある。ま、全部とは言えないが。
時々、話の途中で自分が何を言おうとしたか忘れることが、実は結構あるんだけど、ほんとごめんなさいね=ほほほほ(^^;

ただ、火事場の馬鹿力を出すコツをとらえたのか?一気に集中力を高めることはむしろ発達した感がある。ある部分では頭が良くなった?のかもしれないわ。そういうことにしておこうっと。

てなぐあいに、衰えた能力を、違う能力がカバーする仕組みが脳にはあるわけで、番組もそれを伝えていたが、わたしも実体験でそう感じてきた。

だから、まるで出来ないような事があっても、訓練でなんとかなることは非常に多いのだ。人の脳の力は本当に未知数だと思う。

それから、番組では「プロフェッショナルの脳は、余計な動きをせず最短で最適な方法を判断する」ということも紹介していた。新人アナウンサーは実況中継をする際に脳が活発に活動するが、ベテランは考えなくても言葉が出ているとの検査結果。またネイマールは、サッカーで俊敏な動きをしている時、脳はあまり働かず、一部の直感的な判断だけで脳が最適な判断をしているそうな。

それがプロの脳だとの話もあった。なるほど。

私も保険の解説文を書くとき、直感的に書いている感覚がちょっとあって、経験を積めば積むほどそうなってきているような気がする。事前に考えなくても、書く時に瞬時に考えて書いてしまうことは多い。ふむふむ。

だから、締め切りギリギリになって書いてもなんとかなるわ〜と、なるわけで、最後は締切破りの言い訳でした(^^; おしまい。

本日、休息日ナリ

このブログが常々放置プレイになるのは、執筆業が忙しいからである(毎度の言い訳です、すいません)。そしてこれを書いているのは、めずらしく執筆が一段落しているから。といっても、明日からまた忙しいが、とりあえず久々の仕事ブログ更新。

今、私の仕事は、連載原稿毎月6本のほかに、中編・長編などの執筆や編集依頼が随時入る状態。数年前までは、執筆業だけでご飯が食べられればどんなにいいか…と、あわい夢を描いていたのだが、気が付けば今や、私の本業は名実ともに「執筆家」となった。これって「私は夢を叶えた」ということなだろう。幸せな人生だと思う。

しかし夢が現実となると、それは夢ではなくてただの日常となる。日常となってよくわかったのは、執筆業とは、案外地味な仕事だということ。
駆け回って営業していた時の方が、今より収入が上でしたよ(^^;

ま、現実とはそんなもんなのだ。

でも書くことが好きな私にとっては、執筆業で、細々とでもご飯が食べられるならそれでハッピー。

そんなわけで、夢を描いた数年前よりも、事業は縮小と相成ったけれど、心は満たされているので多分これが私の成功形なのであろう。

そして、過去の自分を客観的に思い出すと、ちょっと笑えるものがある。
昔のあたしは、どうしてあんなに毎日猛烈な激務を何とも思わずやっていたのか。常に全力疾走で余裕なく必死に生きていた昔の自分を(いやー若かった、若干恥ずかしい)と感じる今日この頃。

でも、その過去は一種の修行時期で、その結果として、今のように好きな執筆仕事に存分に集中できているってことかもしれない。それに、過去の努力の継続があって今がある、ということもあるだろう。何しろ、お仕事を依頼して下さる人がいなければ仕事は成り立たない。

今のように、やりたい仕事を自由にできる自分になった経緯は、5年前の頚椎疾患の経験が大きい。あれ以来、私はやや体が不自由な人となって、それまで当たり前に出来ていたことが出来ないという立場になった。そのおかげ?なのか、自分が本当にやりたいことは何か、ということが大変よく見えるようになった次第。

すると、多くを望まず、本当に欲しいものや、やりたいことだけを望むようになる。だから今を満足できるのだろう。

もしも自分が望むことが、世界中を旅したり、あるいはアスリートとしての成功だったり、または大好きな趣味が登山やゴルフやアウトドア系だったとしたら、私の人生は夢破れたり、ということになるところだった。
しかし、執筆業しつつボチボチとベランダ菜園したり、DVD見たり、プチ料理したりするのが楽しいと思える、そんな自分で、まー本当によかったね。そんなインドア派のあたし。

さて、録画した映画でもみよっかな。
来週からまた原稿の締め切りや打合せに追われる日が始まるが、今日はつかの間の休息日。

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