板橋で働く女社長のBlog

仕事も子育ても両方やりたい主義で生きてきて、 気がつけば子ども達は大人の年齢に。 そして益々パワーアップしたアタクシ!?…の日常を綴ります。

頚髄症(頚椎症性脊髄症・頚椎脊柱管狭窄症)

頚椎症性脊髄症(頚髄症)、その後のあたし

このブログにたどり着く人の中で一番多いのがこの病気に関する検索ワード。同じ病気になった人やそのご家族の方が読みに来ている模様。

というわけで、そういう方々に向けて、この病についてチト書いておこうと思う。

頚椎症性脊髄症(頚髄症)とは何か

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人間の脳は宇宙

昨夜脳科学に関する番組をやっててガン見した。

とくに驚愕したのは、生まれつき「小脳が無い」という症状により、運動能力に重篤な障害をもつ赤ちゃん。2歳をすぎても歩けず喋れず、座っても安定出来ず、まっすぐ物を見る事も出来ない。ハイハイも手足が思う様にでなくてバラバラな動きをするためうまく出来ていなかった。かなり重度な症状と感じたが、その子が8歳になったら普通の小学生とまるで変わらない活発でハキハキとした利発な子に育っていた。訓練と家族愛の賜物である。「脳」は、不足する分があっても訓練と環境によって、違う部分を発達させてカバーできるという実証例だった。
他にも、若年性アルツハイマーの人の事例も紹介され、家族愛が病気の進行を遅らせている様子を見ていて感じた。

こういうことに関して、私自身にも多少思い当たるものがある。

5年前の頚椎疾患の際、ちょっと片足が痺れるかも?というぐらいの自覚症状から3ヶ月かからず、私は殆ど歩けないぐらい急速に症状が悪化した。手足が思う様に動かなくなり運動能力が急激に退化したわけだが、その時なぜか、体は思う様に動かないのに、目が良くなった?というか動体視力のようなものが高まる感覚があった。人の口の動きや目線の動きがスローモーションのように非常によく見え、相手が何を考えているかを察知できたりした。

何かの能力が脱落すると別の能力が突出する、というような実感。人は普段は多数の能力がバランスをとって均整しており、多分、本来の力の半分も出てない状態にあって、あえて何かだけが突出しないようにしているんだと感じた。火事場の馬鹿力は、一瞬でこのバランスを壊して一部の能力を高めることを言う。また、目が見えない人が音楽の才能が高かったりするのは、多分こういうことだろうと思えた。

そして、手術直前の頃には、呂律が回らなくなり言葉が出にくい感覚や、モノの名称や日付や、子供の名前すら出てこないという感覚を味わっている。アルツハイマー的だったなと、今振り返ると思う。

またその時、物事を考える時にAという考えとBという二つの考えがある場合、頭の中に全く異なる2人の人物がいて違うことを言っているような感覚があった。まるで二つの声が聞こえるような・・・

普通の人は、これが統合されて一つの自分の思考として感じているが、バランスを崩すとこういうことになるわけだ。神様の声が聞こえる、なんてことを言う類の話しは多分これだろう。ちなみに、二つの声現象は、術後半年ぐらいで、だんだんと一つの自分の思考に統合していった。2人がひとりになり、最後は、これは自分だと思えた。その過程を実感したので、ある意味、面白い経験だった。

また術後間もない時期に、何度も行ったことのある、ある駅まで行った時に、改札から出た街の光景が一度も見たことがない知らない街並みで、一瞬パニックになったことがあった。しかし一週間後に、突然記憶が降ってきて、あの時の初めての光景がよく見た光景に変わるという感覚を味わった。物忘れはこのようにして起こる、の逆体験である。

人は本来、一度でも見たり聞いたりしたことは脳の中の引き出しに入る。そこへの回路があれば思い出せるが、回路が切れると全く見たことも聞いたこともない事になる、これが物忘れやアルツハイマーの原理なのだと体感した。そして、切れた回路は復活しうるということも、身を以て体験したのだ。

頚椎疾患以降、復活しなかった症状もいくつかある。例えばパソコンの字の打ち間違えを頻発するようになったが、これは治らない。指先の動きが、頭で思うことと一瞬ズレるような感じが残ったままである。でも、PC打ち間違いは、文章を2-3度確認する癖をつければ、殆ど問題ない。そもそも原稿書いたら文章読みなおすの普通なので、全く問題はない。

字が書きにくい症状も改善せず進行して字が汚い人になってしまった。
パソコン仕事なので字が汚いのは益々なおらず、訓練もしてないからヤバイわな(^^;

また記憶力や思考力は一度著しく落ちたわけだが、仕事を遂行することが訓練になって回復してきていると感じるものがある。ま、全部とは言えないが。
時々、話の途中で自分が何を言おうとしたか忘れることが、実は結構あるんだけど、ほんとごめんなさいね=ほほほほ(^^;

ただ、火事場の馬鹿力を出すコツをとらえたのか?一気に集中力を高めることはむしろ発達した感がある。ある部分では頭が良くなった?のかもしれないわ。そういうことにしておこうっと。

てなぐあいに、衰えた能力を、違う能力がカバーする仕組みが脳にはあるわけで、番組もそれを伝えていたが、わたしも実体験でそう感じてきた。

だから、まるで出来ないような事があっても、訓練でなんとかなることは非常に多いのだ。人の脳の力は本当に未知数だと思う。

それから、番組では「プロフェッショナルの脳は、余計な動きをせず最短で最適な方法を判断する」ということも紹介していた。新人アナウンサーは実況中継をする際に脳が活発に活動するが、ベテランは考えなくても言葉が出ているとの検査結果。またネイマールは、サッカーで俊敏な動きをしている時、脳はあまり働かず、一部の直感的な判断だけで脳が最適な判断をしているそうな。

それがプロの脳だとの話もあった。なるほど。

私も保険の解説文を書くとき、直感的に書いている感覚がちょっとあって、経験を積めば積むほどそうなってきているような気がする。事前に考えなくても、書く時に瞬時に考えて書いてしまうことは多い。ふむふむ。

だから、締め切りギリギリになって書いてもなんとかなるわ〜と、なるわけで、最後は締切破りの言い訳でした(^^; おしまい。

本日、休息日ナリ

このブログが常々放置プレイになるのは、執筆業が忙しいからである(毎度の言い訳です、すいません)。そしてこれを書いているのは、めずらしく執筆が一段落しているから。といっても、明日からまた忙しいが、とりあえず久々の仕事ブログ更新。

今、私の仕事は、連載原稿毎月6本のほかに、中編・長編などの執筆や編集依頼が随時入る状態。数年前までは、執筆業だけでご飯が食べられればどんなにいいか…と、あわい夢を描いていたのだが、気が付けば今や、私の本業は名実ともに「執筆家」となった。これって「私は夢を叶えた」ということなだろう。幸せな人生だと思う。

しかし夢が現実となると、それは夢ではなくてただの日常となる。日常となってよくわかったのは、執筆業とは、案外地味な仕事だということ。
駆け回って営業していた時の方が、今より収入が上でしたよ(^^;

ま、現実とはそんなもんなのだ。

でも書くことが好きな私にとっては、執筆業で、細々とでもご飯が食べられるならそれでハッピー。

そんなわけで、夢を描いた数年前よりも、事業は縮小と相成ったけれど、心は満たされているので多分これが私の成功形なのであろう。

そして、過去の自分を客観的に思い出すと、ちょっと笑えるものがある。
昔のあたしは、どうしてあんなに毎日猛烈な激務を何とも思わずやっていたのか。常に全力疾走で余裕なく必死に生きていた昔の自分を(いやー若かった、若干恥ずかしい)と感じる今日この頃。

でも、その過去は一種の修行時期で、その結果として、今のように好きな執筆仕事に存分に集中できているってことかもしれない。それに、過去の努力の継続があって今がある、ということもあるだろう。何しろ、お仕事を依頼して下さる人がいなければ仕事は成り立たない。

今のように、やりたい仕事を自由にできる自分になった経緯は、5年前の頚椎疾患の経験が大きい。あれ以来、私はやや体が不自由な人となって、それまで当たり前に出来ていたことが出来ないという立場になった。そのおかげ?なのか、自分が本当にやりたいことは何か、ということが大変よく見えるようになった次第。

すると、多くを望まず、本当に欲しいものや、やりたいことだけを望むようになる。だから今を満足できるのだろう。

もしも自分が望むことが、世界中を旅したり、あるいはアスリートとしての成功だったり、または大好きな趣味が登山やゴルフやアウトドア系だったとしたら、私の人生は夢破れたり、ということになるところだった。
しかし、執筆業しつつボチボチとベランダ菜園したり、DVD見たり、プチ料理したりするのが楽しいと思える、そんな自分で、まー本当によかったね。そんなインドア派のあたし。

さて、録画した映画でもみよっかな。
来週からまた原稿の締め切りや打合せに追われる日が始まるが、今日はつかの間の休息日。

謹賀新年&頚椎手術から3年が過ぎて…

2013年が明け既に2週以上過ぎているが・・・遅ればせながら本年もよろしくお願いいたします。(≡ω≡.)

 本業は保険に関する執筆家の私だが、このブログに訪れる人の中には、頚椎脊柱管狭窄症など脊髄疾患に関連するキーワードでたどり着く人も多いと思う。キーワードを他にも書いておくと、頚髄症、頚椎症、頚椎症性脊髄症、など。

 というわけで今回は脊髄関連内容。

 3年程前に私は頚椎脊柱管狭窄症で手術を受けた。
 片足が痺れるという自覚症状を初めて感じてから超スピードで症状が進行して4か月後には手術となった。手術直前の時期には首から下の体全体に強い麻痺が広がり、歩くことは殆ど不可能、手の痺れも強まってものを持つことが難しくなり、更に呂律が回らない症状や、呼吸も普通にはし難いような実感など、あと一か月手術が遅かったら結構ヤバかったのかも?と、ちょっと思う。

 手術後は、片足に若干の麻痺や足腰の断続的な痛みなど多少はあるものの、日常生活が可能となり、自宅で執筆業という仕事スタイルが幸いして仕事面での社会復帰も果たした。

 Facebookやtwitterで時々「今日は足腰痛がヤバイかんじw只今、上空に気圧の谷が通過中にちがいなーい」などとボヤくことも多いが、気持ちを表現する場があることもプラス効果となるのか、心のバランスをうまく取りながら前向きに楽しく生きる日常を取り戻した。

 朝は早めに目が覚め、まずはベランダの菜園趣味を楽しむ。プランターを台の上に置けば屈まなくても野菜の手入れが出来るので足腰が悪くても趣味も謳歌できる。家事も工夫しながらこなしている。長時間立ち続けられないことで出来なくなった料理などもあるが、反対に時短レシピのレパートリーが増えた。掃除や片づけも工夫しながら休み休みやるコツを身に付けた。仕事もパソコンの前に座っての作業なので殆ど問題なくこなせる。以前のようにぶっ続けの徹夜で原稿を書くことはできないが、計画的にコツコツとこなすスタイルが今では板についた。

 だから、家事も趣味も仕事も含め、家の中でやることは殆ど健常者と変わらないし全く不自由さを感じない。むしろ、これまで当たり前としか感じていなかった事の一つ一つに、自分にもできるという喜びや創意工夫の満足感がある。健常な頃よりも充実した毎日ではないかとさえ思う。

 ただ、外を出歩く時は杖持参で歩くスピードも遅いし、一度に歩ける距離も限られる。とくに誰かと一緒に歩く時、私のゆっくりな歩みに相手が合わせなくてはならず迷惑がかかる。そういう、回りにかける迷惑や負担にはうしろめたさもあるし、そんな時は自分が体が不自由な身であることを痛感する瞬間もないわけではない。

 でも、それもこれも含めて、私にとっては既にそれが「日常」となっている。

 人の慣れるという力はスゴイもので、つい3年前まで毎日飛び回るように仕事していたことが遥か遠い日のことのように思える。今は、今の状態が私にとって普通だという感覚なのだから。

 失ったものも確かにある。ハイヒールやスカートは、半年前に意を決して全部捨てた。その時はちょっとだけ過去の日々を振り返ったりもした。

 でも私はそれ以外何も失っていない。むしろ得たものの方が大きいかもしれない。

 もしも同様の病で不安を感じている人がいるなら、たとえ体が不自由でも、創意工夫で出来ることが見つかれば、それが今まで味わったことがないような大きな喜びや満足をもたらすことをお伝えしたい。

 それに、どこに行っても皆に親切にされまくるというステキな特権は、健常者では味わえない幸せかも。(プチ王様気分で〜す♪)

 そうやって人はどんな状況下でも、今の現実を正面から受け入れた瞬間から新たな人生が開けるものなのだ。それを知ったのも多分病気のおかげなのだろう。私は今、最高に幸せだと断言できる毎日を生きている。


新年に足がグキっと…

遅ればせながら…謹賀新年。

今年も恒例の御節作りをした。
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娘達も22歳と19歳と大きくなったこともあり年末年始に家族揃う時間も減りつつあるが、本来、年末年始は家族過ごす行事である!と私は強く思う次第。
なので年越しそばやオセチをバッチリ作り、奔放な娘共にプレッシャーを与える母しております。

例年に比べると品目は少ない。何しろ持病の頚椎のビョーキで足腰痛があるので長時間ぶっ続けで料理できないので、作っては休み、休んでは作ってのスローペース。でもまぁそれなりに出来たのでヨシとしよう、うん。

今まで当たり前に出来たことが出来なくなるというのはそれなりにストレスもあるのだが、しかし人間には「慣れる」というスバラシー能力があり、今や、足腰痛いのは私にとっては普通の日常的な環境となっている。慣れてしまうと工夫すればやれることは沢山あるのであーる。

んなわけで、料理もオセチ作りも、時間さえあればナンとかなるのであった。

今年は、この慣れの能力を更に発揮して自分の出来ることの幅を広げていこうと思っている。

自分の病気と不景気の影響下で、収入が減少しそれなりに生活が苦しくはなったけれど、しかしその分、時間は増えた。過去の、嵐のように過ぎていく日常とは全く違い、日々当たり前の日常を過ごせることに生きる実感を持てることに幸福や満足を感じている。

人の幸福感というものは、お金でも健康でもなく、多分「私は今、生きているのだ」とハッキリ実感できる時間をどれだけ長く過ごせるかにあるのでは、ということを思う次第。

ところで、年明け早々ちょっとイイことがあった。

自宅内でふと立ち上がった瞬間に、グキっという強い痛みが左足股関節の外側に起こり思わずうずくまったのだが、ナゼがその後から、今まで日常的に同場所にあった強い痛みが軽減された。今までは常に強い痛みがあったが、今は動かす時に痛む、という具合になったのである。
コレってすごい違いなんですが。何が起こったか知らんけど?

脊髄神経の圧迫が減って改善されたのか?はたまた麻痺が進んで痛みを感じなくなっただけなのか、真相は知らないが、とりあえずヨカッタにゃ〜ん。やっほーい

てなわけで今年もイイコトあるに違いない。がんばろう!


追伸
毎月連載原稿なども抱えている故に、めっきりこのブログもおろそかになっているが、趣味のブログの方は気楽?なこともあり、適度に庚更新しているのでこっちもどうぞ。
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