私は物事を感覚的に捉えて”カン”で方向性を定めることが多いらしい。
らしい、と書いたのは、人からそういうことをよく言われるからだ。以前は、自分ではあんまり意識していなかったことだが、あまりによく言われるので、今では自分でもそういうことにしておこう、と思っている。

 実は昔、私はテストのヤマをよく当てた。

 試験直前の授業の時に、先生の解説の中に微妙なニュアンスや反応の違いなどいつもと違う何かを感じて、コレは試験に出るだろう、あるいは出ないだろう、というようなことを直感で感じてきた。試験が終わって(やっぱりなぁ)と思うことが多かった。

 そういう感覚は、今、仕事の場面でも表現されていると思う。

 何の脈絡も無く判断をしているわけではないが、しかし明確な分析をしているというまではいかなくて、そういうのを「カン」と言うなら、私はカンで生きている人かもしれない。


 ところで、見た人は知っていると思うが「ファインディング ニモ」という海の魚が主人公となるディズニー映画の中に「ドーリー」というトボけたキャラクターが登場する。彼女は常に自分の心の声や直感に従って生きていて、理屈でアレコレ考えるニモのお父さんよりもずっと的確に、ニモを探し出す道へと、ニモのお父さんを導く役目を果たす。ドーリーの判断はいつも、メチャクチャのようでも実際は潜在的な感覚によって理屈を飛び越えて方向性を見出している。

 ドーリーを見ていて、この感覚わかるなぁ、とフと思った私。