このブログが常々放置プレイになるのは、執筆業が忙しいからである(毎度の言い訳です、すいません)。そしてこれを書いているのは、めずらしく執筆が一段落しているから。といっても、明日からまた忙しいが、とりあえず久々の仕事ブログ更新。

今、私の仕事は、連載原稿毎月6本のほかに、中編・長編などの執筆や編集依頼が随時入る状態。数年前までは、執筆業だけでご飯が食べられればどんなにいいか…と、あわい夢を描いていたのだが、気が付けば今や、私の本業は名実ともに「執筆家」となった。これって「私は夢を叶えた」ということなだろう。幸せな人生だと思う。

しかし夢が現実となると、それは夢ではなくてただの日常となる。日常となってよくわかったのは、執筆業とは、案外地味な仕事だということ。
駆け回って営業していた時の方が、今より収入が上でしたよ(^^;

ま、現実とはそんなもんなのだ。

でも書くことが好きな私にとっては、執筆業で、細々とでもご飯が食べられるならそれでハッピー。

そんなわけで、夢を描いた数年前よりも、事業は縮小と相成ったけれど、心は満たされているので多分これが私の成功形なのであろう。

そして、過去の自分を客観的に思い出すと、ちょっと笑えるものがある。
昔のあたしは、どうしてあんなに毎日猛烈な激務を何とも思わずやっていたのか。常に全力疾走で余裕なく必死に生きていた昔の自分を(いやー若かった、若干恥ずかしい)と感じる今日この頃。

でも、その過去は一種の修行時期で、その結果として、今のように好きな執筆仕事に存分に集中できているってことかもしれない。それに、過去の努力の継続があって今がある、ということもあるだろう。何しろ、お仕事を依頼して下さる人がいなければ仕事は成り立たない。

今のように、やりたい仕事を自由にできる自分になった経緯は、5年前の頚椎疾患の経験が大きい。あれ以来、私はやや体が不自由な人となって、それまで当たり前に出来ていたことが出来ないという立場になった。そのおかげ?なのか、自分が本当にやりたいことは何か、ということが大変よく見えるようになった次第。

すると、多くを望まず、本当に欲しいものや、やりたいことだけを望むようになる。だから今を満足できるのだろう。

もしも自分が望むことが、世界中を旅したり、あるいはアスリートとしての成功だったり、または大好きな趣味が登山やゴルフやアウトドア系だったとしたら、私の人生は夢破れたり、ということになるところだった。
しかし、執筆業しつつボチボチとベランダ菜園したり、DVD見たり、プチ料理したりするのが楽しいと思える、そんな自分で、まー本当によかったね。そんなインドア派のあたし。

さて、録画した映画でもみよっかな。
来週からまた原稿の締め切りや打合せに追われる日が始まるが、今日はつかの間の休息日。