私の知人で、とても頭の良い人がいるのだが、この人は頭脳明晰なので一見ソツなく何事もこなせるかのうように見えるし、本人も自分に能力があると認識している。

しかしこの人は「自分が持っていない能力」というものをよくわかってない。そのために、自分が成功できない理由を環境や運や社会のせいにしかできず、反省や改善や成長という機会が非常に少ない、ということになっている。

明晰な頭脳を持っていながら、回りに認められるような成功や満足に到達できず、本人にとって自分よりも劣ると思える人達に追い抜かれて、その理由を理解できない・・・ある意味コレぞ究極の不幸かも。

ただ「自分が出来ないこと」をわかっていないがために、かなりもったいないことになっている気がする。そもそも、何でも完璧にこなせる人などいるわけないので、出来ないことがあってもちっとも恥ずかしいことではないというのに、単に知らない、ということだけで相当に損していることになる。

もっとも、本人はもったいないとか損しているという事実にも思い当たらないだろうから、私が何を思っても余計なお世話だろうけれど。

しかし、その人のおかげで私自身は反面教師的に、己の器をわきまえることはとても大事なんだとあらためて学んでしまった。

人は、自分の出来ないことを知ってこそ、その分、出来ることを最大限に活かす手立てを見出せるモノではないだろうか。そして自分の持っている能力や長所を有効に最大限に発揮できれば、とても楽しく満足感も大きいはず。それって、幸せじゃん。自分を知ることは、幸せへの一歩なんだナ。

ちなみに、高い能力を持っているのに、そのことに気がつかない人というのもいると思う。前例の「自分の出来ないことをわかっていない」人とは反対に「出来ることをわかっていない」というパターン。こういう人も、折角の能力を発揮しずらい状況にあるとは思うけれど、でも、この人は自分がダメだと思っているが故に反省や成長の機会は持っているから、時が来れば才能を発揮するチャンスは巡ってくる可能性が充分にあると思われる。つまり前例の人とは同じ「自分を知らない」という状況なのに、結果が相当違うのでは。

自分の出来ないことを知らない、ということは、やっぱり怖ろしく不幸だよね、という結論。