昨日、私は22年ぶりに高校のクラス会に参加した。

なぜ22年の間一度もクラス会に参加しなかったと言うと、その学校は高校から短大を5年間の一貫教育としている私立学校で、しかし私は高校卒業と同時に退学して同校の短大には進まずに一浪して他の短大に進学した。だから、その学校の正式な卒業生とは言えないし、卒業生会にも入れない。公式な卒業生名簿に名前が載っているわけではなかった。

そんなわけで、個人的に交流があったごく数名を除いて、私は高校時代の同級生の殆どの人と22年間全く接触していなかった。

しかし、今年は卒業生達にとって卒業20周年ということで、特別に私のように途中で辞めた人達にもクラス会への案内を出してくれたのだった。

最初に案内を貰った時は、懐かしさと同時に躊躇する思いもあった。なにしろ20年以上会っていないのだし、私は途中で脱落した人間でもある。また、仕事でスケジュール的に調整が必要な状況でもあった。

それでどうしようかと迷っていると、娘達が「お母さん、絶対に行った方がいいよ」と勧めてくれた。「でも私は途中で辞めた人間だし20年も会って無いんだよ」と話すと、中2の次女が「お母さんが立派に大きくなった(?)ところを見せればいいじゃない」などと言い出して、思わず苦笑してしまったが、そんな娘たちの言葉に背中を押されて参加することにした。

会場に数分遅れで到着すると約30〜40人あまりが来ていて、会う人に挨拶をするたび「あ〜〜!○○○!」と、今では誰も呼ばない私の旧姓を呼び「元気だった?どこに住んでいるの?」と皆が声をかけてくれた。

最初は、(エート誰だっけ…)と記憶を辿らなければならない人もいたが、しかし、あっという間に蘇る記憶の波。あの頃と変わらない懐かしい友達たちの笑い声や表情を見ていると、まるで20年の時が一気に戻っていくようだった。いつの間にか昔通りの呼び名で友達の名を呼べる自分がいた。

私以外にも途中でやめた人達が数名来ていて、皆が懐かしがって歓迎をしてくれた。みんなの前で近況を述べる機会もあり、結婚が早かった私の子どもが、既に高校生と中学生であることを話すと、皆一様に驚いて、受験や子育ての話なども盛り上がった。

二次会、三次会と進んで話は弾み楽しい時を過ごして深夜になり帰宅。

翌日、娘達に「クラス会すごく楽しかったよ。行ってよかったよ」と報告すると、「よかったね」と言ってくれて、とても嬉しかった。その娘達は、あの頃の自分と変わらない年齢になっている。

 


団体生活や規律を重んじる古風な私立高校の中で、自分を出し切れず逃げるように脱落した私にとって、22年前のあの頃は、クラスメイト達の姿が自分よりもずっと大きく輝いて見えた。素直で手厳しい友の言葉やほんの些細なことに翻弄し、体が弱く休みがちで友に迷惑をかける自分が不甲斐なく、今思えば小さな壁を前に、最後は乗り越える気力を失い自分さえも見失うほどに、あの頃の私はとても弱い人間だった。

けれど、あの学校で学んだ厳しさと正義を重んじる思想と、厳格な生活の中で身に付いたことは、私の心の中でどこかベースとなって、今の私を確かに支えてきたと思う。

眩しかった友達たちは未だにそれぞれに眩しく見え、快く歓迎してくれた皆の器は相変わらず大きいなと、あらためて実感したけれど、それが素直にありがたいと思えた。

みんな、ありがとう。

22年が過ぎて、初めて私はあの学校を辞めたことを後悔した。

でも、これで、自分にとっての本当の卒業が出来た気がする。長すぎたけれど、遅くはない。クラス会に行って本当によかったと思う。