板橋で働く女社長のBlog

仕事も子育ても両方やりたい主義で生きてきて、 気がつけば子ども達は大人の年齢に。 そして益々パワーアップしたアタクシ!?…の日常を綴ります。

2010年01月

自分の方向性を探る時期かな…(思いつき的な雑感)

昨年脊髄系の病気で入院手術をしたワタクシであるが、実はその12年前にも病気で入院した時期がある。その時の病名はA型肝炎というものであったが、病状が最悪の時期には死を覚悟した思い出がある。

しかし2週間後には(死を覚悟したことはナカッタことにしたい!と思うほど)メキメキと回復して3週間で退院した。それでも、発病前の体力には戻りきれなかった。そして様々なトラブルに巻き込まれて1年後には転職し、その後うつ病になり・・・と、どん底の時期を3年間ぐらい味わうことになる。

しかしそれが自分の人生に転機をもたらすことになった。
病気だけが理由ではないが、病気になったことで、それまで見えなかったことが見えるようになった面は確かにあったと思う。それまで愛情を注いできた会社を辞め独立起業し、それまでとは全く違う人脈を築き、違う方向へと向かうことになった。

どん底の3年間は、その後の方向性を模索し続けた期間でもあったように思う。
その後から今まで、その答えを見つけていき、抱いた夢や目標を少しずつ形に変えて12年が過ぎた。

そして12年後にまたも病気になったわけだ。
12年というのは占いも干支も12年サイクルだし、如何にも意味がありそな年数である。流行の六星占術でも木星人(−)の私は、今年から大殺界の時期に入る。12年前も同じくどん底の3年はキッチリ大殺界時期で、占いというのは意外と当たるらしい(^^;

私はこれからの3年で、また人生の転機を迎えることになるのかもしれない。
できれば3年もどん底を歩くのは避けたい所だが、しかし多少の痛みは覚悟しなければいけないかも。

病気というのは、それまで背負ってきた何かを吹っ切るには良い経験なのかもしれないと、フと思う。1年前だったら、自分の中にあるプライドや義理や主義が足枷になって決心できなかったことも、今なら出来るような気がする。生きているうちにやりたいことはやるべきだと、病気になったからこそ、そう思えるからである。

謹賀新年

というわけで2010年が無事に明けた。
昨年は思わぬ脊髄の病気になり、年末年始は病気療養期間として過ごしていた。

まだ術後1ヶ月と10日程度しか過ぎてないので、今でも半病み上がりではあるが、年が明けて社会復帰への道をヨチヨチと歩き出した所である。

手術前は歩くこともままならず車椅子で入院と相成ったが術後は歩けるようになり、医療技術とはスゴイもんだと実感する。

左足の痺れと痛みは相変わらずだが、左足は一番最初に症状が発症した場所であり、麻痺期間が長いほど神経が元に戻りにくいということは、物理的に考えられる現象である。普通に歩けるが、下り階段は、ちょっと怖い。段差などにも神経を使う。術前、左足はそれこそ感覚が全く無いに近い状態であったが、良いのか悪いのか、それよりも感覚は回復しているものの、たとえば、冷たいのも熱いのも「痛み」に感じるので、不快現象が残ってしまったわけだが、、、ま、仕方なし。

それでも術前を思えば、普通に歩けるだけ1000倍幸せ。

昨日は、退院後初の遠出の仕事があり名古屋まで出張。新幹線に乗るのはもちろん、山手線に乗るのさえ久しぶりである。しかしちゃんと東京駅まで行けたし新幹線にも乗れたゾ。やったネ!

名古屋では180名あまりの前で講演。内容は生保販売ノウハウ系のお話である。久々の講演だったが、手術して生還できたことや社会復帰できた自分自身の喜びの思いもプラスされて、語りながら気持ちが熱くなっていくのを心の中で感じた。
私は今日という日を一生忘れないだろうと思った。

何人かの人に、とても良かったと声をかけて頂き、ホッとする。

そして日帰りで家にも無事に戻り安堵と感激の思いに浸りつつ眠った。

翌日はなるべく体を休めることに徹して過ごす。いきなり無理しないように注意している状況であるが、でも、こうやって少しずつ、社会復帰への道を歩き出せていることに喜びを感じる。

今年は健康に気をつけつつ、ゆっくりじっくりと人生を大事に生きる年にしようと思う。
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