我が家には「出された食事に文句を言ってはいけない」という鉄のルールがある。食事を作って用意してるときに態度が悪かったり手伝いを積極的にしない時も目にあまるようだと、これも許されない。

 このルールについては、他のことよりもかなり厳しい姿勢を取っている。

 「食事を作ってくれる人に感謝しなければならない」のは、人として当然のこと、と私は思っている。だからこの当たり前のことが出来なければ許されないよ、というのが我が家流。

 思春期になった娘達は私のこうした姿勢についてそれなりに反発がある模様で、娘達は「お母さんは自分に感謝しろって言いたいだけじゃん」などと言っている。

 昔からずっと貫いているルールに今更文句を言われても。

 しかし他の家庭の様子をみて、あまりに我が家とは違うことにカルチャーショックを受けて、うちはどうしてこんなに厳しいんだ?と反発する、というような心理もわからなくはないけどね。

 娘達によると、ある友達の家庭では出された食事にその家の娘が「お母さん、これマズいよ。いらない」などと言い捨ててオカズを残しても「あらそう、ごめんなさいね。」と、作ったお母さんの方が謝るそうである。おまけに「じゃぁこっちを食べなさいね」と特別仕様のおかずに摩り替えて他の家族と違うメニューにするとか。

 娘に「それってアナタの前だからじゃないの?」と、子どもの友達が来ているから親も叱ることを控えているだけじゃないのかと聞くと、友達によるとそれが普段の姿であるとか。


 へ〜〜〜本当ですか?皆さんの家庭ではそうなんでしょうか。


 「食事は楽しく」・・・確かにそういうこともあるので完全否定まではしないけどねぇ。

 しかし私の感覚で言うと、マズイと言うぐらいなら食べるなよ、と思うのである。

  ※ ※ ※

と、この文を書いたのは結構前のことだが、ブログにアップする機会を逸していた。

 そして最近、新たな発見をした私。

 出された食事に平気で文句を言うタイプの人は、「食」に対してこだわりが少なく、美味しいものを美味しく食べたいという願望の薄い人種のようである。平たく言うと、明らかに「食通」ではない、という人達である。つまり、食へのこだわりが薄いために気軽に「マズイ」と言えるのだ。

 反対に食通タイプの人種は、美味しいものを食べると幸福感に満たされるし、美味しい食事の有り難さを心底実感するので、自然に、作ってくれた人の技術や心に思いが及ぶ。

 我が家は家系的に家族全員が食通であり、美味しいものが大好きだし、私自身もそうである。だから、出された食事に感謝して残さず食べることはアタリマエ、「美味しいね」という言葉が出ることもアタリマエ、マズイなどとは滅多に言ってはならないこと、これ当然、という感覚になるのだろう。

 味覚の感性感覚は環境だけでなく遺伝的な要素に左右されることもあるので、出された食事に文句を言うバカを単なるバカとも言い切れないのかもしれない。むしろ気の毒な人達ではないか。最近そう思う。