板橋で働く女社長のBlog

仕事も子育ても両方やりたい主義で生きてきて、 気がつけば子ども達は大人の年齢に。 そして益々パワーアップしたアタクシ!?…の日常を綴ります。

2006年04月

養育費の日のイベント

4/19は、よーいく と読む。ということで養育費の日なのであーる。

毎年この時期に、NPO法人Wink(理事 新川てるえ)が主催する養育費の日のイベントが開催される。で、一応私はWinkの監事だったりする(^^;
そんなわけで毎年イベント当日には、私もスタッフとしてお手伝いをしつつ参加している。

今年は4回目の開催で、基調講演及びパネラーとして、衆議院議員の野田聖子氏が参加をしてくれた。直接お目にかかったのは初めてだけれど、テレビで見るよりもずっと美しく聡明で、また元気とパワーが溢れている人だった。

カッコイイ!

サインも貰ったし握手もしたし写真も撮ってしまった私はミーハー?

パネルディスカッションでは、会場の参加者も発言し参加する場面があった。その中で、2年前の第2回目イベントの時に発表者として壇上に立ち養育費の未払い問題の実体験と問題提起をしてくれた方が、その数日後に小学生のお子さんが交通事故で亡くなって、これまで裁判等を続けてきた経緯などを会場から報告してくれた。彼女の辛い気持ちに誰もが思わず涙を堪えたと思う。

その中で「逆相続」の問題が取り上げられた。お子さんが無くなって受け取る自賠責保険など賠償金は、両親双方が半分ずつ受け取る権利がある。離婚して養育費を払わずに行方をくらました彼女の元夫にも半分相続権があるのだ。

私は保険ジャーナリストという立場からこの問題について、彼女に続いて会場から発言をした。

自賠責保険とは、被害者救済のために国が法律で定めた制度でありすべてのドライバーの加入が義務付けられている。養育費を払わない親に、その子どもが亡くなって国の制度の保険金が入るということは誰が聞いてもおかしいしと感じるし、国が法で定めた制度である以上、支払い基準に関して法律で一定基準を設けても良いのではないか、と言うようなことを述べた。

野田氏はすかさずメモを取っていた。

本当は、子どもが無くなってお金がほしい親などいない。
けれど保険という制度は、お金と命は引きかえに出来ないけれど、残された遺族が少しでも救われますようにという願いのもとであるべきものだ。その法の整備は、当事者ではなく、専門分野の人間や法律を作る行政側が考えていかなければいけない問題だと思っている。

 

さて、基調講演とパネルディスカッションのあとは毎回恒例で、シンガーソングライターの「こんのひとみさん」のライヴとなった。こんのさんは親子関係や家庭問題などを題材にした歌を数多く歌っていて、その美しい歌声と切ない歌詞の内容に、子どもを持つ人ならばだれしも涙するような、そんな歌を数多く歌っている。

また、こんのさんが毎回やってくれることとして、参加者からメッセージを募集し、その場で何人かのものを即興で歌にするというのがある。そして、スタッフもメッセージを書いてと言われて合間にササっと書いた自分のメッセージを、こんのさんがステージ上で歌ってくれた。美しい歌声とメロディーにのったその歌は、ササっと書いたとは思えないような感動的なものになっていて、思わず密かに号泣してしまった。

内容はだいたいこんなかんじ

養育費、毎月毎月払ってくれてありがとう。
初めは当たり前と思っていたけれど、遅れるたびに頭にきたりしたけれど、
でもあれから13年。
毎月払うたびきっと子どもを思っていてくれる、今ではその気持ちに心から感謝しています。
本当に本当にありがとう。
そして、あと残り数年、頑張ってね、パパ!
私も一生懸命子どもを育てていきます。

 


NPO法人Winkでは、両親が別れても子どもたちが両方の親に愛されながら育つような社会を築いていきたい、ということを提唱している。

日本は先進国の中でもダントツに養育費の支払い比率が低く全体の2割にも満たない。同時に、離婚に伴い子どもに会わせて貰えなくなった側の親達もいる。親が子どもへの責任を果たさないような社会、会いたいのに会えない親子が数多くいるような社会、それが日本の現状だ。

何より、その犠牲になっているのは子どもたちだということを皆にも知ってほしい。

養育費を支払うことが社会の中で当たり前の認識となり、その子どもたちはいつでも両方の親に会いにいけて、そして両方の親が責任と愛情を子どもたちにそそぎながら育てていけるような、そんな社会になってほしいと願う。

最後にWink代表の新川てるえが以下のようなコメントをしたのが印象的だった。

「私は法律を変えたいわけではありません。変えたいのは人の心です。」

どんな法律や制度が出来たとしても、人の心が伴わなければ本当の意味で変わることは出来ないということを、私もあらためて思った。


 

上り坂

今週後半から来週にかけてスケジュールがかなり詰まってる。やることがたくさんあって行くトコもたくさんある。やらなければならいことが次々に溜まってかなりプレッシャーを感じてる今日この頃。

半分苦しい。

けれど、この追い込みが自分のモチベーションをだんだん上げていくことになる。

ジェットコースターの最初の上り坂をジリジリ登っていくような、そういうこと。

頂点にきたら一気に走り出すのよ、明日あたりからかな・・・

さて今日は眠ろう。明日からのために。

スピリチュアルな我が家

一昨日の次女の発言。

「学校とかでみんなの回りに光がふちどって見える時があるじゃん。それで、みんな色が違うのはどうして?」

(知らね〜よぅ〜。私には見えないしー)

なんでも、今日はとくに仲の良い先輩が緑色に大きく光り輝いていたので、思わず「先輩ってミドリですね」と言って笑われたらしい。次女が妙なことを言い出すのはいつものコトなので先輩も笑って流したのだろう。

しかし、次女はどこか不思議なヤツなので、次女ならそういうものが見えるのもわかるような気もする。


その話をあとで長女にすると「え〜!?実は私にも見える」と言い出した。(げげ)

姉妹そろってスピリチュアーーール!!


長女曰く、学校の朝礼の時など、生徒がたくさん並んでいると、その中に光をまとっている人が何人かいるのがいつも見えていたそうである。しかし、そいうものと思って特段気にしてなかったらしい。ただ、中学2年の時に上級生の生徒会長の女子が壇上に立った際、眩いばかりの大きな黄色い光を放っていた時だけは、ちょっと驚いた、と言っていた。

そんな会話をしていて段々テンションの上がってきた長女は「こんな話をしてるから、お母さんのオーラも見えてきた」と私の頭の上あたりを見ながら言う。(どひー)

「お母さんのは白っぽい青い光」とのこと。へーへーへー

また長女は、既に眠っていた次女の部屋を覗き、次女のオーラは薄い赤紫色と言っていた。


更に長女は、霊の姿を良く見る、とも言い出した。(ぎょぎょぎょ)

小学生の時に学校で、廊下を猛ダッシュするオジサンの霊を見たことを皮切りに、防災頭巾を被った親子や、時計から覗いている人など主に学校で度々見たとのこと。私が「見える人って、見た時に怖いとは感じないらしいね」と言うと、「そう言われてみれば怖いとは思わなかった。どうしてだろう。」と言っていた。「最近はあまり見なくなったけどこの前の修学旅行で沖縄で久々に見たよ〜」と普通の顔して言っていた。(聞いてる私はこえーよぉー…涙)

ところで次女の方は霊は見えないが、いつも右側のうしろあたりから励ましてくれるオジサンらしき謎の人がいるらしい。部活(ブラスバンド)の練習の時などに、一生懸命演奏してうまく出来た!と自分でも思った時などに「よかったナ!」と叫んでくれるんだってサ。テストの時にも「頑張れよ!」と言われたそうで「あのオジサンはいつも応援してくれるから嬉しいの」と言っていた。(良かったネ・・・苦笑)


姉妹でお互いにオーラガ見えることを知った二人は、翌日その話題で非常に盛り上がり、私がネットで人のオーラの色の違いと意味を調べると、二人ともそのページを一生懸命メモしていた。(やることが似ているのも姉妹だから?)
http://www.claudia.co.jp/garden/aura/


しかし、見える時と見えない時があるようで、見ようとすると見えず、無意識の時や、別のことに集中してる時などにフと見えるということらしい。そんなモノだろうね。


最近巷でもスピリチュアルブームではあるけれど、こんな身近なところに関係者がいるとは。(しかも姉妹で)ちなみに親の私は全くもって何もナイ普通の人だけど。

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