保険ジャーナリスト 森田直子のBlog

板橋区の片隅でヒッソリと保険ジャーナリストしてます。(有)エヌワンエージェンシー代表取締役、インスウオッチ発行人。2010年11月に頚部脊柱管狭窄症で手術を受け足腰がやや不自由な身となりましたが、なぜか原稿書くスピードはどんどん速くなり日々原稿書きに追われております。仕事&シングルマザー生活&趣味のベランダ菜園など自由に書いてます。

2004年10月

プロ野球

 私も野球問題をちょい書いてみようかな。ということで、私も世間の皆様と同じくライブドア派である。ライブドアのブログ使ってるからというわけではなくて、やっぱり一番手に声を上げたところを評価している。

 今までの常識を覆したり、何も無い所から物事をスタートするというのは大変なことだよね。人真似とは天地程の差があると思うよ。楽天が仙台本拠地まで真似したときは、節操無さすぎ!と思ったし。

 私は元々プロ野球も好きだし巨人の大ファンだったけれど、その気持ちがシラケ気味になっている今日この頃。

 もしも楽天が選ばれたら、多分プロ野球そのものへの興味がもっと薄くなるだろう。とりあえず、巨人ファンから、ヤクルトと中日のファンになりかかっているワタクシでした。

 もしもライブドアが選ばれたら、ライブドアファンになる!だって私東北人だもん。でも楽天はキライざんす。

相棒

 私が現在使用しているノートパソはパナソニックのレッツノート CF-R3というB5のモバイルサイズで、この夏購入した大切な相棒でもある。ここ数年ずっと同メーカの同サイズノートパソコンを愛用していてこれで3代目。パナソニックさん、お世話になってます。

さて、相棒はディスクトップ型に比べるとキーボードも小さめ。しかしここ数年B5サイズばかり使っているので指がすっかり慣れて、今では普通のキーボードを打つと手がツリそうになる。

 また、相棒にはマウスを使わずとも指でカーソルを動かせる”マウスパッド”があって非常に便利である。使い慣れない知人曰く、それこそ指がつりそうになるとのとこだが、私はすっかりマウスパッド愛用派で、デザインソフトも指先で操作する。

 さらには画面が小さい。なにしろB5サイズなわけだから。しかしそれにもすっかり慣れて、普通サイズディスクトップを使う時は、一瞬どこを見て良いかわからないような感覚になる。

 というぐらいノートパソを相棒としてきた私だが、これが寿命が短いという難がある。今までの経験で言うと相棒の寿命は2年。殆ど毎日半日以上は使用しているので、非常に使い込んでの2年であるが、壊れると非常に慌てるし、それ以上にすごく悲しくなる。。。やっぱり相棒だから。

 と言いつつ、新しい相棒を購入した途端、天にも昇るほど嬉しくなるけれどネ。

 相棒はホントに良く働いてくれる。子どもを育てながらも仕事がこなせるのは、いつでもどこでも仕事をさせてくれるこの相棒のおかげでもある。

 夕方の残業が出来なくても夜9時以降を仕事にあてられるし、子どもが熱を出してもその横で仕事が出来るし、子どもと一緒に来た遊園地の中や、いつぞやはプールサイドで仕事したときも実はあった。

 と、色々工夫をして、子どもとの時間も結構大事にしながらが仕事出来たのは相棒のおかげ。数年前なら考えられないだろうなぁ。

 寿命を向かえた過去に愛用した相棒たちも、捨てがたくて今でも飾ってあるぐらい、ちょっと思い入れがあるのであった。

大阪

041006_2108~02.jpg出張できております

くいだおれのおっちゃんやで〜

道頓堀のグリコもいいでー

いい街やね、大阪。

またくるで、たこ焼きたべに。

心の病

 今日はちょっと重たいテーマ。

 皇室の雅子様が適応障害に、というのは耳に新しいが、今日はそういう精神的な疾患について経験談を書く。

 実は私は、鬱病になったことがある。(いきなりカミングアウト)

 しかし当時、私がそういう状況にあることは殆どの人が知らない。なにしろ、鬱病というのは見た目には至って普通で、一般人には、せいぜい気まぐれなサボリ病程度にしか感じられないからである。

 その辺が、精神疾患が社会に理解されない要因であるが、しかし、本人にとっては非常に苦しい状態に陥るのが心の病なのだ。

 自分がうつ病にかかっていた時の状態を書くと、常に微熱があるような倦怠感や、頭痛、吐き気という体調の悪さにプラスして、言いようの無い危機感や恐怖感、現実味の無い感覚(食べ物の味がしない、回りの景色に立体感や色合いを感じないなど←コレかなり辛いよ。生きた心地がしないのよ)、コントロールできない感情、天井とどん底を行ったり来たりするような心境的な躁鬱の繰り返し、更には理由の無い自殺願望などなどなどが、頭の中で怒涛の渦を巻く。

 しかし、自分の好きなことや趣味・スポーツなどをしたりすると一時的に気分が良くなり、なんだかそれで立ち直れそうな気になってくる。だがその後、いきなりどん底に落ちたように暗い気分になる。この落差が激しくそれが最も苦しい。そういう気分を何度も繰り返すうちに、自信を失って何もかもが嫌になり、自分の中に引き篭もって益々悪化する。

 もう一つ言うと、うつ病や適応障害は精神的に弱い人がかかると思われがちだが、実際はその逆で、責任感の強い人、頑張り屋的な人、純粋な人、無防備で不器用なタイプ、などなどがかかりやすい要素となるらしい。多分、本人の器を越えた頑張りや苦痛の連続が、体に影響を与えるということだと思う。

 自分がうつ病になった経緯は、小さなアンラッキーの繰り返しがあり、環境の変化があり、それを乗り越えて前向きに頑張ろうと努力している時に、大きなショックを受ける出来事が起こり、そこから加速的に悪化するというような流れだった。

 しかし生きていればそういうことはとくに珍しいことではないと思う。なのに精神的な疾患まで陥る場合とそうでない場合の差は一体どこにあるのか、その辺は自分にもハッキリとはわからないが、タイミングとか、年齢的な要素とか、体調とか、運とか、その他色々なものの重なり具合による偶然的なもの、という気がする。

 だから誰でも、自分だけは精神疾患と縁が無いだろう、などとは思い込まない方がよいだろう。ちょっとしたタイミングで明日は我が身なのだ。

 夜よく眠れない、常にテンションが高い、油汗が出る、気が短くなった、物忘れが増えた、なんてのは、うつ病の初期症状である。たいがいの人はそこで、自分の努力が足りないと思ってもっと頑張ってしまうのでさらに進行する。そしてある日加速的に症状が現れるので、用心してた方が良い。

 頑張り続けることも大切だが、時には、完璧ではない自分を自分で許してそのままの自分を大切にする、という感覚も心に留めておいた方がよいと思う。

 次に、発病したのち自分がどうやって回復したかと言うと、半年間の休職休養、自分を傷つけない存在以外の誰とも接することなく過ごせる環境、気分転換の要素、生きがいを感じる要素、休職中の生活費分の貯金、などが自分の回りにあったことで、多分私はうつ病患者としてはかなり理想的に最短コースで回復をしたと思う。

 その間、あまり人と接することなく、ひとりパソコンの前で情報収集をしたり本を読んだりして、あとは私を疑うことなく慕ってくれる子ども達の世話と家事をこなしながら日常を過ごした。内心は(社会復帰できなかったらどうしよう)という恐怖や危機感との戦いだったが、じっと耐えながら地道な日常生活を淡々と過ごし続けたことが、多分功を成したと思う。

 その後私はきっかけを得て独立企業という道に進む。

 病気療養中に勉強したことが仕事に直結して新たな展開をしていき、病気になる前には見えなかった多くのことが見えるようになった自分、という面も実感するようになった。そして耐えることや、焦らずチャンスを待つ感覚もいつの間にか身に付いていた。

 多分、あれは試練ではなくチャンスだったと今は思える。

誰でもわかる生命保険解説blog

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というのをアメブロの方でやってます。

一応、ラフな口調で書いてますが、
好き勝手書くこの日記風blogとは違って、
原稿を書く感覚なので、更新はちょっとオソオソ気味ではありますが(^^;

とりあえず、よろしこ。

んで、自分にトラックバック。


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