2004年09月05日

 子育てというと小さい子を連想しがちだが私の子どもは現在高校1年生と中学1年生。都内の私立学校の同じ中学・高校に通う仲良し姉妹である。姉妹が同じ学校に通うというのは助かる。だって行事が一緒だから。働く母には大事なことなのさ。

 彼女達がまだ小さく素直だった頃、彼女たちは私の仕事を常に応援してくれた。離婚直後にあった、保育園の卒業式で「頑張るママが大好きです」と書かれた手紙を貰って涙が止まらなかったことも今では懐かしい。

 私を信じて疑わない幼い子ども達の思いに、自分は応えなければいけないと、迷いを振り切って毎日仕事に出かけた。あの頃は、私も健気な母親だったなぁとちょっと思う。

 あれから10年。私はいつのまにか怖いものナシの強靭な女になり(笑)、そして素直で可愛かった娘達も、思春期になって遠慮なしにへらず口を叩くようになった。

 まったく、お互いこの変わりようはどうよ?・・・ま、いっか。(^^;

 思春期を熱く駆け抜ける真っ最中の娘たちに、ナマイキさも成長の証と感じたり、子育ての面白さを実感する日々。毎日が変化の連続で、その度に親も新しい発見があって、だから子育ては楽しい。

 ところで、違う道を生きる人を認めるという、この考えを捨てなければ、たとえ考え方や価値観の違いがあったとしても、家族は長い期間良い関係を保てると思う。そんなことも、自分の人生を生きようとする娘たちから学んだことかもしれない。


今までも、よくレンタル日記サイトを利用してきたが、トラックバックという機能は無かった。なのでイマヒトツ慣れないが、しかし試しにやってみよう。
ということで、これはテスト日記である。

2004年09月04日

 先日のセミナーで、経営品質という話を聞いた。これが講師の方が優秀だったこともあって非常にわかりやすくすこぶる面白かった。講師の先生は望月広愛氏という。興味のある方は師の書籍「これが実践!超お客様満足主義―経営品質の理念が会社を救う」をご一読あれ。

 経営の方向性を「すべてお客様を主体に考える」という、一見どこにでもありがちな考え方だが、しかしこれを徹底して貫くと案外方向性が見えてくる。

 例えば、仕事を効率化しようと考えた時、ある業務がいくら非効率と思えても、それが「お客様のために必要」であればやるべきだし、逆にお客様にとって影響の無い業務は効率化の対象と考えられる。自社のメンツよりもお客様にとってどうなのかということがすべての答え、ということだ。

 当たり前といえば当たり前だが、しかし事実出来てない経営者はゴマンといることだろう。

 それから、もう一つ面白かったのは会社の方針として「可謬主義(かびゅうしゅぎ)」という考え方をする、という話。謬(びゅう)とは「マチガイ」という意味で、直訳すればつまり「間違ってもいいよ」ということだ。

 現場の判断において例外的判断を可とすることや、間違いを冒すリスクを避けて行動を起こさないのは本末転倒となる、ということでもある。つまり、間違ってもいいからやってみようぜ〜という方針を会社として取りましょう、ということだ。

 ミスを成長の材料に出来たり、顧客からのクレームを隠さずに皆で考えられる企業は、きっとメンバーが活き活きとしているだろうし、そんな企業はドンドン成長するだろう。

 もう一つなるほどと思ったことは、会社の方針・規律・約束事について「規則で縛るのではなく、原則で引っ張る」という表現だ。

私などは組織のしきたりとか規律を守るとかいう常識論を苦痛に思うタイプで、とにかく縛られるのが大嫌い。そんな自分が人を引っ張る際には、どうしても規律でがんじがらめにしたくないと思うから、方向性が曖昧になりがちとなる。一体どうしたら自分でも納得して人をまとめられるかと考えた時に、原則で引っ張ることを基本とすればいいわけか、なるほど、と答えが見えた気がした。

 他にも色々面白い話はあったが、またの機会に書くことにする。

 仕事は面白くなければ続かない。面白い仕事をし続けたいと思っている。


2004年09月01日

 ビジネスの世界で、今やネットを使いこなすのは当たり前という時代だが、インターネットというメディアが日常的に利用されるようになってホントはまだ数年しか過ぎてない。

 私自身はインターネットを使うようになって約7年。私の所属する保険業界ではちょっと早目のスタートだったが、しかし今や保険業界でもネットを使いこなすのは当たり前となり、使えない人は仕事出来ないまでに浸透している。

 そんな時代が来ても、未だに時々感じることだが、インターネットというコミュニケーションツールの特性をイマイチ理解していない人が結構多いような気がする。「大切なことは顔を見て話すべき」と言う人がいるが、ネットでのコミュニケーションのコツを掴めば、大切な話も肝心な部分の意思疎通もネットでちゃんと出来るはず、と私は思う。

 時々、ネットでのやりとりでトラブルが起こることがあるが、トラブルを起こしやすい人の原因を探ると、ネットコミュニケーション技術の不足や使い方のマチガイという原因も見えてくる。その辺のマチガイを系統立てたり、陥りやすい誤りや、トラブル時の解決方法などを考えていくと、結構奥の深い世界がある。

というわけで、私はインターネットコミュニケーション術について、今まで無意識に習得してきたことを改めて分析し、理論的な方法論を自分なりに掘り下げてみたいと思っている。

ITと言えば、パソコンやインターネットという最先端の技術や利便性にばかり目が行くが、それを使いこなすには人間的な要素があってこその世界である。メンタルや人間くさい要素が無視されれば、途端に費用を喰うだけのシロモノと化すのだ。活かすも殺すも人間次第だネ。

2004年08月10日

 先週末の日曜、次女が中学校で所属しているマーチングバンド部が、浅草の商店街の納涼祭りのパレードで演奏をするとのことで、私も浅草に出かけた。

 次女の学校は高校までの一貫教育なので、部活動には高校3年生までが参加している。次女は中学1年生としてはたった一人の新入部員で、先輩たちと体力の差がありながらも懸命に部活動に励んでいた。

 彼女のパートはトランペット。しかし私は彼女が実際に演奏している姿を一度も見たことが無いので、本当にちゃんと吹けているのか、皆についていけているのか、心配と頼もしさの両方を感じてきた。

 猛暑の中、目的地に到着しハンディカム片手にパレードの開催を待つ。
 いよいよ通りの向こうからマーチングバンドの演奏が聞こえ、一糸乱れぬ足並みでカッコイイコスチュームにテンガロンハットといういでたちのバンド部隊と、旗を振りながら踊るガードと呼ばれる部隊が近づいてきた。

 スゴイ。ディズニーランドのパレードを見ているようだ。

 本当にこの中に次女がいるのだろうかと探すと、いました、いました。しかもちゃんとトランペットを演奏しているではないか!(当たり前だが)

 ビデオカメラを回しつつ、カメラを持つ手が思わず震えた。
 こういうの親バカというのでしょうね。
 末っ子というのは親にとってはいつまでの小さな子のような気がするもので、だから一人前の姿を見るとかなり感情移入してしまう。(うるうる)

 真剣な眼差しでトランペットを吹く姿、演奏の合間は街頭の人々に手を振りながら歩く様子、拍手や注目の中で一糸乱れぬ行進を続ける次女はとても大きく見えた。

 さて、夕方家に帰ってきた次女は、疲れた、暑いと愚痴を言いまくり、お腹すいたを連呼し、ご飯を食べるとまたもテレビの前で爆睡。よほど疲れたらしく昼間の勇姿は見る影もなかった。

 やれやれ。。。ご苦労さん。。。



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