板橋で働く女社長のBlog

仕事も子育ても両方やりたいのよ、私。

自分の方向性を探る時期かな…(思いつき的な雑感)

昨年脊髄系の病気で入院手術をしたワタクシであるが、実はその12年前にも病気で入院した時期がある。その時の病名はA型肝炎というものであったが、病状が最悪の時期には死を覚悟した思い出がある。

しかし2週間後には(死を覚悟したことはナカッタことにしたい!と思うほど)メキメキと回復して3週間で退院した。それでも、発病前の体力には戻りきれなかった。そして様々なトラブルに巻き込まれて1年後には転職し、その後うつ病になり・・・と、どん底の時期を3年間ぐらい味わうことになる。

しかしそれが自分の人生に転機をもたらすことになった。
病気だけが理由ではないが、病気になったことで、それまで見えなかったことが見えるようになった面は確かにあったと思う。それまで愛情を注いできた会社を辞め独立起業し、それまでとは全く違う人脈を築き、違う方向へと向かうことになった。

どん底の3年間は、その後の方向性を模索し続けた期間でもあったように思う。
その後から今まで、その答えを見つけていき、抱いた夢や目標を少しずつ形に変えて12年が過ぎた。

そして12年後にまたも病気になったわけだ。
12年というのは占いも干支も12年サイクルだし、如何にも意味がありそな年数である。流行の六星占術でも木星人(−)の私は、今年から大殺界の時期に入る。12年前も同じくどん底の3年はキッチリ大殺界時期で、占いというのは意外と当たるらしい(^^;

私はこれからの3年で、また人生の転機を迎えることになるのかもしれない。
できれば3年もどん底を歩くのは避けたい所だが、しかし多少の痛みは覚悟しなければいけないかも。

病気というのは、それまで背負ってきた何かを吹っ切るには良い経験なのかもしれないと、フと思う。1年前だったら、自分の中にあるプライドや義理や主義が足枷になって決心できなかったことも、今なら出来るような気がする。生きているうちにやりたいことはやるべきだと、病気になったからこそ、そう思えるからである。

謹賀新年

というわけで2010年が無事に明けた。
昨年は思わぬ脊髄の病気になり、年末年始は病気療養期間として過ごしていた。

まだ術後1ヶ月と10日程度しか過ぎてないので、今でも半病み上がりではあるが、年が明けて社会復帰への道をヨチヨチと歩き出した所である。

手術前は歩くこともままならず車椅子で入院と相成ったが術後は歩けるようになり、医療技術とはスゴイもんだと実感する。

左足の痺れと痛みは相変わらずだが、左足は一番最初に症状が発症した場所であり、麻痺期間が長いほど神経が元に戻りにくいということは、物理的に考えられる現象である。普通に歩けるが、下り階段は、ちょっと怖い。段差などにも神経を使う。術前、左足はそれこそ感覚が全く無いに近い状態であったが、良いのか悪いのか、それよりも感覚は回復しているものの、たとえば、冷たいのも熱いのも「痛み」に感じるので、不快現象が残ってしまったわけだが、、、ま、仕方なし。

それでも術前を思えば、普通に歩けるだけ1000倍幸せ。

昨日は、退院後初の遠出の仕事があり名古屋まで出張。新幹線に乗るのはもちろん、山手線に乗るのさえ久しぶりである。しかしちゃんと東京駅まで行けたし新幹線にも乗れたゾ。やったネ!

名古屋では180名あまりの前で講演。内容は生保販売ノウハウ系のお話である。久々の講演だったが、手術して生還できたことや社会復帰できた自分自身の喜びの思いもプラスされて、語りながら気持ちが熱くなっていくのを心の中で感じた。
私は今日という日を一生忘れないだろうと思った。

何人かの人に、とても良かったと声をかけて頂き、ホッとする。

そして日帰りで家にも無事に戻り安堵と感激の思いに浸りつつ眠った。

翌日はなるべく体を休めることに徹して過ごす。いきなり無理しないように注意している状況であるが、でも、こうやって少しずつ、社会復帰への道を歩き出せていることに喜びを感じる。

今年は健康に気をつけつつ、ゆっくりじっくりと人生を大事に生きる年にしようと思う。

生還

報告が遅くなったが、12月半ば、無事に退院して生還した。

入院前は殆ど歩けなくなり、激痛で30秒以上立っていられず、だから車椅子入院となった。腕の麻痺も進み、手を伸ばすことが出来なくなり、目の前のモノさえ取れなかった。かろうじてパソコンを打てたのが救いで、原稿執筆の仕事などをこなすことが出来たが、座りっぱなしの日々だった。

それが、手術をしたら歩けるようになり、両手も元に戻った。
医療技術というのはスンゴイと思う。まさに神の手。

しかし残念ながら、左足に痛みと痺れが残った。痺れは覚悟していたが痛みがあるのは少し辛い。ま、それでも歩けるので、術前に比べれば天と地の差であるが。

そして、退院したら即効でたまった仕事が降ってきた。
しばらく療養しようと思ったが、それどころか休む間もない状態である。

仕事があるだけ幸せではあるけれど。

サラリーマンだったら仕事復帰は当面無理だったと思うが、自営なので自宅でも仕事が出来るしコントロールも出来る。10年前に独立起業しておいて正解であったと心底思う。

連載原稿を書き、ルーティン業務をこなし、年末なので年賀状や顧客へのカレンダー発送などやることが多い。毎日、ヘトヘトになる。

加えて、足の痛みと、首の傷口の痛みや肩周辺の凝ったような鈍痛に悩まされる。

辛いけど、でも仕事があるだけイイじゃない、と、自分に言い聞かせて黙々と仕事に励む。

頚椎椎弓術

アタクシの受ける手術は「頚椎椎弓形成術」というそうナ。

情報を見る限り案外立派な手術。何しろ全身麻酔だし。でも本人は寝てるからあっという間に終ることになるだろうけど。

この病気は、頚椎(クビ)の脊髄神経の通り道が圧迫されて起こっているので、 その圧迫を取って、脊髄神経の通り道の空洞を広げるという手術内容です。ちなみに頚椎椎弓除圧術っていう言い方もするらしい。圧を取るから除圧術。


手術の内容を具体的に書くとネ・・・フフフ
(以下、グロい表現が続く。食事中の人はご注意を)


まずクビの後ろを切り込み(ドヒー)

背骨の後ろ側の骨を削って、というか割ってグワーっと広げ
(ウゲゲー)

圧迫されてる脊髄神経の、その圧迫をとるわけです。
(バキバキ〜)

んで、グワ〜っと広げた間に、人工骨を入れ、骨にアナをあけて(グイイイ〜ン)

人工骨と骨を縛り付けて固定する〜という、とってもグロい手術ヨ。うふふのふ♪

ちなみに、頚椎4〜5個に同じことをするそうナ。ヤッホーイ

わたくしメは手術中はグッスリ寝てるからワケワカメだけど。
(グオー、スピー)

術後4〜5日はクダに繋がれっぱなしで痛みや熱にうなされるコトになるであろう。(いでででので〜)

ま〜、一応切るわけだから、しょうがないでしょうナ。
ホホホのホ


ところで、この手術の写真や映像はネット上に多数ありますが、 血を見るのが怖いアナタは調べてはいけませんゼ。
グヘヘヘ。

グロくないけどリアルなCG画像はコチラ↓
http://www.sekitsui.com/4syujyutu2/index1-2.html

そのようなグロい手術を目前にしてもアタシがヘラヘラできる理由は、元々痛みに強い、血が怖くない、重症の長期つわり&難産出産経験2回というツワモノということもありますが

現状で言うと、あたしはもう殆ど歩けない子ちゃん♪♪
正確には、痛いけど10mぐらいなら杖があれば歩けるので、家の中で杖をつくということになっている。(^^; なので外に出るのはタイヘンでごじゃります。そして足・手・腰・背中〜と、顔以外の全部がイタイイタイの痛いでしゅーという状況。こうなると、手術でもナンでもとっととやって回復を期待できる方がマシなのだす。

回復率の高い手術らしいので、自分も心配してないので皆さんもご心配なく〜。

・・・と、グロいことを書いておいて、無責任に言う。

ウケケ (・∀・)つ

おびょーきになったアタシ

ついったーにもチラ書きしているが、実はワタクシ、今、手足がやや不自由な人になっている。理由は頚椎のヘルニアという病気で、手足の痺れと、手足腰に痛みがある。

原因については文献などを見ると、一般的に日本人は脊柱管が狭い傾向があるらしく、椎間板や骨自体の変形など加齢現象でそういうことが起こると書いてある。

私にとっても、思いもよらぬことであるが、しかし思い返すと症状は以前からあった。味噌汁をひっくり返すとか、つまづくとか、そのようなドジぶりが華々しい状況にここ1年ぐらいなっていた。以前の日記にも書いたが、腕が上がらない首が回らない、というのもこのせいだったらしい。肩凝りとか四十肩とか、年齢によるものだと思っていたのだが、原因は頚椎(クビ)にあったと初めて知ったわけである。

夏ごろまでは普通にぴんぴんしていたので、たった2〜3ヶ月という短期間で変化したことに驚愕しているが、しかしナニゴトも経験である。こうなってみて色々新発見もある。

道に広がってだらだらと歩く中高生に、以前まではムカっぱらが立ったりしたものだが、今じゃ全く気にならない。ゆっくり歩いて楽しくおしゃべりして大いに結構ではないか、人生はそうやってのんびり生きるべきなのだよね、と思えたりする。また娘たちがとても親切になって「アレとって、コレやって」と指示すればやってもらえるという、王様的気分を味わうことになり、これは正に極楽。先々治っても治ってないフリを続けようかと思ってしまう。なんとなく時間の流れがゆっくりになった観があり、自然の移り変わりなどを色濃く感じて心癒される面もある。こういう感覚で生きていると、今までの嵐のような忙しい日々を、アホみたいと思えたり。。。ま、元気になったら元に戻りたいとはやっぱり思うけどね。

それから、痛みには普段から強い方なので、相当に痛くならないと自分でも苦痛をそれほど感じないが、しかしジワっとした痛みやダルさが常にあるので、それを無意識に我慢することにエネルギーが取られている面は多少はあるように思う。そのせいで思考スピードが少々落ちたような・・・ま、一つ一つじっくり考えたり片付けたりすれば良いことなので、幾分トロくさいがナンとかなる範囲、と思う。

仕事については、パソコンの打ち間違いが若干増えた観もあるが、しかし充分使える範囲なので殆ど支障無くパソコン仕事は普通に続けている。事務仕事系はゆっくりやれば出来る。仕事はゆっくりやるとミスが激減することも発見し、プラスマイナスゼロである。営業や打ち合わせは長距離歩くことに難があるのでこれは当面はお預けで、この辺は支障がある。しかし普段からパソコン仕事が多いので、自宅でもこなせるから仕事が途切れないという有り難い状況。普通のサラリーマンじゃなくて良かったニャ〜。

そして、自分の精神面のタフさをあらためて実感もしている。
つい最近まで出来ていたことが出来なくなったり、長距離歩けない、また日々痛みを耐える、というような生活をしていると、人間凹むのが普通ではないだろうか、という気もする。

しかし、なんとなく、案外私は平気かもと感じている。半分開き直り?とかそういう感覚が入り混じっているが、つまり腹をくくっているのである。
だって、しょうがないじゃん?凹んだってすぐ治るわけじゃないので。

というわけだが、3週先に手術が決まったし、この病気は手術で劇的に回復する可能性が高いので期待をしている。多少のリスクもあるだろうと一応覚悟もしているが、ま、その時はその時である。

私がこうなって一番影響を受けているのは現在受験生の次女かもしれない。仕事はなんとかなっても、肉体労働の家事にはかなり支障があるので、得意の料理の腕もなかなか振るえず、次女にもお弁当が作れなくなった。私は娘達に優しくしてもらって有り難いのだが、娘たちは色々我慢をしているだろう。マジでゴメン。

治ったらやりたいことが色々ある。そのための仕込みもそれなりにやっている。自分の夢や目標はもちろんだが、でもとりあえず、治ったら、散歩とか飲み会に行きたいね〜。
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nyaochin
 本業は保険ジャーナリスト。他に5つの企業に参画して複数の仕事が同時進行な日々です。プライベートでは2人の娘を育てるシングルマザー。仕事も子育ても面白いからどっちもやりたい、それが私のモットーです♪
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