板橋で働く女社長のBlog

仕事も子育ても両方やりたい主義で生きてきて、 気がつけば子ども達は大人の年齢に。 そして益々パワーアップしたアタクシ!?…の日常を綴ります。

著書「生保営業のたまごとひよこ―成長するためのヒント」発売開始です

生保営業のたまごとひよこ―成長するためのヒント

私の初の著書が発行されました。自分の書いた本を出したいという夢を長年持ち続けてきて、その夢が実現されたので素直に嬉しく思っています。

色々な方から早速ご感想を頂いたりして、有難き幸せです。

生保営業にかかわる方、新人・中堅層の方や、その育成指導に携わる方々をはじめ、違う業界の方でも営業をされている方には参考になると思います。

「よくある営業の大成功者が語るノウハウ本とは違い、フツーの人が営業という仕事をする上でフツーにぶつかる悩みや葛藤を乗り越える時のヒントが色々詰まっています。」というのは読まれた方からのご感想です。

そうなの。私自身は、営業の成功者というほどでもない、フツーレベルの人間です。そんな私が書いてますので、フツーの多くの皆さんに、共感やヒントを感じて頂けるのでは・・・という気がします。

読むと元気になるような、明るい前向きな内容です(^^)/

こちらにも詳細や、読んで頂いた方の感想を掲載してますのでご参考に。


ところで私、これが初著書なのでとてもドキドキしております。
だって今まで、何度か書籍の話がありながらもタイミングなどの関係でうまくすすまず苦節ン年なのです。だからなんだか落ち着かないような心境です。
(゚Д゚≡゚д゚)アタフタ

ひとりで慌てすぎないように気をつけよう・・・

すでに買って下さった方、読んで下さった方、ホントにホントに有難うございます。
皆様に感謝しております。

生保営業のたまごとひよこ―成長するためのヒント

我が家流の子育てを振り返る

(すいませんが、自画自賛的内容です・・・照) 

 我が家が母子家庭になったのは18年前。今や子ども達も22歳と19歳になっている。ひとりで子育てをしてきた18年間を振り返ると、今更ながら、あの時もっとこうすれば良かったという反省は多々ある。自分の未熟さが原因で子ども達に苦労させたことも、申し訳なかったと思うことも、実際たくさんある。

 それでも、それなりに元気に明るく育ってくれている娘達を見ていると、母子家庭のわりにはソコソコうまく子育てできたのかもしれないと、ひとり自画自賛感覚も味わっている今日この頃。
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \

 とくに自画自賛を一番感じる理由は、我が家が、親子姉妹共に非常に仲が良いことにある。3人揃うと話が弾み、うっかりすると深夜になってもまだまだ話が尽きない。話す内容は世間話から人生観まで多岐に渡り、私自身も娘達と会話する時間がとても楽しい。楽しすぎて夜が更けて朝が近づいても止まらないので、私が無理やり「もう終わり、解散!」と制止しなければならないぐらいである。

 娘達も「うちってホントに明るいよね」と言う。娘達の同世代の友人達の中には、家庭の中に様々な事情やトラブルを抱えている子もいるそうで、娘達はそういう子から相談を受けることも多いとか。すると、我が家が母子家庭という環境にありながらも常に明るかったことを、より実感するとも言っていた。

 家庭内の悩みは、多くの子ども達が誰にも言えず胸の奥底でひとりかかえているケースが多いようである。娘達も、友達から「今まで誰にも言ったことが無い」と言って打ち明けられるケースが多い、と言っていた。

 内容は様々であるが、例えば、父親が好きになれず数年近く口もきかず互いに無視し合っているとか、母親が趣味に走り家庭を顧みないとか、中には母親の浮気や、親の借金、父親が犯罪で逮捕されたなど深刻なケースもある。

 両親が揃い金銭的に余裕があり、我が家よりも恵まれているように見える家庭環境にありながら、心の奥底に暗い悩みを抱えている子ども達は案外少なくないらしい。

 また母子家庭でも親子間に摩擦やすれ違いのある家庭、親に疑問や不満を持ちながら言えずにいる子、再婚家庭に育ちその中で悩みを持つ子などもいると言っていた。

 どのような悩みや苦しみも、それを誰かに打ちあけることが解決への第一歩になるのに・・・悩みをかかえる若者は、それが出来ないから問題を深く大きくしていると感じる。

 悩みや葛藤を打ち合けられるような家族、または友達、そういうものを持っているのと持っていないのとでは、人生そのものがまるで違うものになるんじゃないだろうか。そして家庭は、大概の事をぶっちゃけて打ち明けたり、時にはぶつかり合っても本音を吐き出せる場であるべきだと私は思う。

 この点に関して娘達は「確かにうちでは、聞けないとか言えないってことは無いよね」と言っている。つまり我が家には、子ども達にとって聞くに聞けないような「タブー」が無い。

 「家庭内にタブーが無いこと」これって家庭を築く上で重要なポイントという気がする。

 我が家にタブーが無いのは、それはもちろん親である私がそのように仕向けてきたことが大きい。ほほほ(←また自画自賛かよっΣ(゚д゚;)

 どうやったのかというと、親である私自身が子ども達の前でオープンでタブー無しの生き方を見せるようにしていたのである。子ども達が幼い頃は、

●母子家庭であることを回りの人に堂々と話し、これは隠すことでも不幸なことでもないと娘達に思わせた。
●休日は必ず親子や家族ぐるみで多くの人と遊ぶ機会を多くし孤立していなかった。つまり寂しさを感じさせなかった。
●子ども達の前で、私は常に強い母親として存在し(そう演じていた)、お母さんだけでも全く心配は無いんだと思わせて、父親がいない不安感を少なくした。
●家庭の中で、他愛のない会話で親子で爆笑したり、大概の事を笑い飛ばすようなオープンな雰囲気を作るよう心がけた。

 こういう日常を幼い頃に過ごすと、子どもは自然に何でも話しやすくなるし、何のタブーも感じないことになる。

 でも実際は、例えば離婚に至る夫婦間の大人の話を、何でも娘達に話してきたかというと、案外そうでもなかったりする。正確に言うと、子ども達を傷つけない言葉や表現を使って何でも話し、そして何でも聞いていいんだよ、何でも話すよという空気を作る工夫をしてきた。

 それから、子ども達の前で私はあくまで「母親」だった。
 実際は、泣きたいほど辛いことも、ひとりで不安な時もあった。それに外では恋もしたしそれなりに自分の人生も楽しんできた。でも、子どもの前では強く頼もしい母親をしてきた。実際私は自分の子どもが大切で大好きだし、子ども優先で生きてきたので嘘をついていたわけじゃない。ただ、とくに女の部分を子どもの前で見せる必要は無いと常々思ってきた。

 現に我が家は娘達が小学生の時から、家は「男子禁制」というルールを引き、娘達も男の子を家に入れないが、親の私も男性を家に入れることは殆どない。そのルールは今現在もそのままで恋愛は外でするものということになっている。

 母子家庭仲間の中には、この辺りのケジメが甘いと感じる人は案外多い。尤も、そのせいで私は未だに再婚せずシングルライフを満喫しっぱなしなので、善し悪しもあるとは思うけれどネ(^^;

 子育ても、家庭の雰囲気を作ることもそうだけれど、こういうことは、ようは「親の工夫次第」って部分が大きいと私は思っている。どこにラインを引くのか、あるいはどう使い分けるか、そういうケジメみたいなものに対して注意を払う、ということにすべてがかかっているような気がする。

 子ども達の前で、何か触れてはならないタブーを感じさせることには何のメリットも無いと私は思う。子ども自身は、知りたい事や聞きたいことがあったとしても、小さい時は「お母さんを傷つけたくない」という本能で自ら何も言わなくなるし、思春期を過ぎてからは、本人もそのことに触れるのが怖いという感覚もあり、どこかで疑問を抱えながらも言えない、ということになる。

 それって、子どもの成長にとって百害あって一利なしじゃないかと思う。

 だから家庭内のタブーはなるべく少ない方がベストなのである。

 ただし、タブーを無くせば、別の問題もあることはある。

 とくに、思春期あたりでは子どもから強い批判を受ける時期が来る、ということもことも避けられない。子どもは親を良く見てるので、隠しようも無い親の欠点やイタイ所を見つけ、タブー無しの空気のおかげで遠慮なく突いてくる。

 たとえば離婚の事実は母親である私にとっても辛く苦しい経験だしトラウマもある。そこを容赦なく攻撃されるのでホントにこれはとても辛い。私も娘に批判されて、マジギレしたり、そんなコトもあったっけ。

 それでも、たとえぶつかり喧嘩になっても、それは必要なことではないかと思う。子どもは「親を越えたい」という願望を持つべきであり、だから親の欠点を見つけて批判する過程を経るのは、子どもが大人へと成長する原動力になると思うからである。

 親に不満を持ち、あるいは理想像を求めたままの感情を大人になってもずっと捨てきれない人は、思春期の時期に当たり前に持つ反抗心や、若気の至りからくる無謀な挑戦意識を、親に対して抱けなかったということであり、それは大人に成長することを遅らせることになると私は思う。若い時は、尊敬していたはずの親の欠点を見つけてイラっとして「あんなの乗り越えてやる!」と思うぐらいでイイのだ。それが若気の至りだったと気付くのは、本人が親になってからで充分。

 それでも、実際に我が子に非難をされると、正直な心境を言えば「親の経験のナイ君達に言われたくも無いゼ、このアンポンターン!だいたい誰のために今まで苦労してきたと思ってるんじゃい!そのアンタがそれを言うのかぃ?」という気分になってブチ切れそうになるわけだが、しかし、娘達は親としての経験が無いからこそ言っているというコトがミソである。

 知らないんだから見当違いな批判をしても、それは仕方ないことと、ある程度割り切ったり冷静に考えることで、私はそれをなんとか受け止めることが出来ていたと思う。

 そして、説明しきれないことやわかり合えそうもないコトについては、「思春期には思春期の、二十歳にはハタチの考えがあるのと同じように、親にも親だからこその考えがある。46歳の私には46歳の私の考えがあるの。あなたの望む理想の親になることは、46歳の私からすれば間違っていると感じるので、その望みには答えられない。」というような言い方をしてきた。

 また「たとえ親子でも価値観や考え方が違うことはある。それでも、互いの思いや考え方を話して伝え合い、認め合うのが家族」ということを娘達に話し、そういう空気を家庭内に作る努力をした。

 子ども達が思春期を過ぎた今でも、親である私の考えと娘達の考えが一致しないことは多々あるし反発されることもある。というか、ぶつかる時は親子姉妹でも相当激しくぶつかるのも我が家流なのである。

 でも大概、すぐ仲直りになる。

 一致し合えないコトについては、言うだけ言ったら、あとは追及しない。時に、取っ組み合いや暴言の言い合いになったりした時も、もうそれは無かったコトにしてお互い水に流す。あれほど大ゲンカして揉めたにもかかわらず、翌朝は何事も無くいつも通りに明るく接する。

 もちろん、そういう方向に一気に持っていくのは親である私が率先して行っていることだけれどね。そこら辺は、オトナである自分がオトナになるべきだと思い、そうしている。

 娘達は私に対して、口煩いとか、すぐ怒るとか、シツコイとか、自己満足が強すぎるとか(苦笑)不満は多々あるそうナ。ナハハ。でも全然気にしないもーん(・∀・)

 それでも母子家庭に育ったことへの強い疑問や不満は感じていないと言っていた。というより、その点は現実として受け入れ乗り越えたのだろう。それだけで私は充分自己満足に浸れるのよね。うしし

 そんなわけで、我が家が明るくて楽しくて仲良しなのは、まあ結局、親である私の功績よね。ホホホホ〜と最後まで自画自賛ですいません。

大災害でご両親を亡くした子どもたちの保険金請求について早急な対策を

この度の大災害によりご両親を亡くされた未成年の子ども達が、保険金請求を行う場合、大変な困難があることを安田まゆみ氏がご自身のブログで訴えている。

これはその抜粋内容に私からの情報等もプラスした内容である。

現在、保険証券が無くても保険の加入状況を照会できる窓口として生命保険協会が「契約照会センター」を開設している。その窓口からの回答によると「未成年の孤児が、(両親などの)保険契約を紹介するには、未成年後見人もしくは正式に委任をしている弁護士からの問い合わせの場合に、照会に応じる」ということになっているようである。(センターも未だ迷走中の面もあると思うので、今後変わる可能性はもちろんあるが現状ではそういう状況とのこと)

では、両親を亡くした子どもが未成年後見人を申請するにはどうすればよいか。
それには、子どもの住所の管轄する家庭裁判所への申請が必要となる。
もしも、子どもが親族等に引き取られていた場合、都道府県が違うと最寄りの家庭裁判所ではなく子どもが元住んでいた場所の家庭裁判所に出向く必要が生じる。
両親が行方不明の場合には推定死亡の出る3カ月後にこの申請を行うということになる。

そしてその申請をするには多数の書類が必要となる。
たとえば、戸籍謄本、住民票、後見人になる人(候補者)の戸籍のほか、亡くなった両親のそれぞれの除籍謄本や改姓原戸籍(生まれてから死んだときまでの戸籍全部)が必要。都道府県が違えば書類取り寄せに時間がかかる。

こうした手続きを、たとえばお孫さんを引き取った70歳のおばあちゃんが行う、となると、これをひとりで出来るのか?という疑問を感じるし支援が必要だと感じる。

また、両親の保険契約を探すことまでは出来たとしても、祖父母などの保険契約の場合はどこまで探し出すことが出来るだろうか。法廷相続人であるお孫さんが生存していても、手元に届く可能性は高いとは言いいきれない。

こうした問題を解決する手段として必要と思われることは…

・この度の大災害でご両親を亡くされたお子さんを引き取られた人が回りや知人にいる、という人はこの情報を是非伝えてほしい。
・営業職員や保険代理店は被災地の取り扱い契約を全件調査してほしい。
・上記の担当者自身が被災している場合や、担当不在の契約など含め、被災地の契約に関して、保険会社自ら全件を調査する行動に出てほしい。
・金融庁、生命保険協会、そのほか関係各団体は、法廷相続人が未成年の場合の請求手続きの簡素化等、対策や新たな仕組みの検討をしてほしい。
・行政側は、未払いを防ぎ法廷相続人に保険金が支払われるよう保険会社への指導や規制や、必要な支援を行ってほしい。



なお、安田まゆみ氏のブログでは、今回保険会社が保険の失効猶予期限を6カ月に延長したことを受けて、6か月以内に保険金請求の手続きを・・・とあるが、6カ月とはあくまで契約失効を防ぐ意味での猶予期間であり、保険金請求の効力期限とは異なるので、この点については追記で以下の情報も参考に。

保険金請求の時効について

生命保険金等の請求権には、一応、期限がある。

保険法第95条第1項
「保険給付を請求する権利、保険料の返還を請求する権利及び第六十三条又は第九十二条に規定する保険料積立金の払戻しを請求する権利は、三年間行わないときは、時効によって消滅する」(平成22年4月1日施行の保険法より)

(つまり時効は3年なので、6か月以内ということではない。)

そして「一応」と書いたのは、この3年についても必ずしも3年ではないという意味でもある。

3年の期限を一応定めている理由は、保険請求時に死亡証明(診断書など)取得できないといった受取人とのトラブル等への対策として3年と決めている背景がある。実際は、請求書類が整っていれば3年の時効は援用されない、ということを保険会社各社でも表明している。

つまり、正当な保険金の請求であれば3年が過ぎていたとしても支払われる可能性が高いということである。(※ただし自殺の場合やコンプライアンス上の問題等がある場合は異なるので注意)

これは死亡保険金だけでなく入院給付金などについても同様である。

つまり、あわてることは無いということだけれど、
それでも手続きが困難な状況にある以上、支援や対策は必要であり、そのための行動を行政や業界側はやるべき時、ということを私は思う。

最後に。

保険は、残された家族が幸せに生きていくための愛であり支えでもある。
亡くなった方の思いを家族に届るため、業界関係者は今、全力を尽くすべき。
みんな力を合わせて頑張ろう!


●各相談先
災害地域生保契約照会センター 0120―001−731 平日9時〜17時
法テラス 0120−366−556

●関係HPリンク
契約照会センター
http://www.seiho.or.jp/data/news/h23/20110401.html
未成年後見人の手続き方法
http://www.courts.go.jp/saiban/syurui/kazi/kazi_06_12.html
各地の裁判所
http://www.courts.go.jp/map.html
法テラス
http://www.houterasu.or.jp/

地震記録

この度の地震災害で被災された方々に心からお見舞い申し上げます。

---------
今回の地震体験と過去の地震体験で私や私達家族が経験したことを記録として記載しておく。

3月11日午後、私はキッチンに、娘二人は自宅リビングにいた。私は遅めの昼ご飯を作っている途中で、一部の料理を娘達が食卓テーブルに運び、私は間もなく焼きあがる魚の火加減をみていた。

地震発生時、最初は大きくゆっくりと揺れ始め、続いて足元からゴゴゴと響く振動が伝わり始めた。過去の地震被災(28年前に秋田県沖地震を体験している)の経験から、これは大きな地震になると本能が察知(多分)。娘達に、すぐ机の下に入るよう指示した。娘達は滑り込むようにテーブルの下へ。私は魚焼き機のガスを止めてから遅れて机の下へ。

その直後に強い揺れが始まった。

私の自宅兼事務所は東京都板橋区にある。マンションの8階であることと建物の構造的な影響から、地震の際には地上の震度よりもかなり強く揺れることを、この部屋に住み始めた3年前から実感していた。面積と高さによって振動が共鳴しやすい場合がある、ということも聞いたことがある。とにかく、強風が吹いても電車が通っても振動が強い。

家族3人がテーブルの下に避難直後、激しく大きな揺れが始まった。

家具すべてが激しく揺れ本棚が跳ねるように動く。棚の上から空気清浄機が宙を飛ぶように落下。その上に、今我々が隠れている机の上に乗っていた料理の皿やグラス類がすべてガシャガシャと落ちて割れた。
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仕事用のスチール製キャビネット上段の扉がテーブルギリギリの場所に落下し書類とCD−Rが机の下まで雪崩込む。鏡付きの細長い収納棚が机に向かって転倒しそうになるのを長女が足で椅子を押さえつけて止めた。
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パソコンのディスクトップ画面が落下して私の腰あたりにあたったが痛みなど感じなかった。身を守るのに必死な時には少々の痛みは殆ど感じないらしい。パソコン類はすべて落ちたり倒れたりした。
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ゴゴゴという地鳴りと、キッチンの食器棚の食器が落ちて割れ続けるガシャンバリバリバリという音、家具類やドアなどがドンドンガンガンとぶつかり合う音などが、轟音のよう鳴り続けた。それが2分近く続いたように思う。

3人全員がテーブルの脚にしがみつきテーブルの下から投げ出されそうになるのを堪えた。私は、娘達がパニックにならないようにという意識が働いたのか「頑張れ、大丈夫」「とにかく頭だけは机から出さないで」というような言葉を言い続けていた。

揺れが収まると娘達を待機させスリッパを取りにいく(ガラスによる怪我を防ぐためで室内から避難する際は必需品)。

各部屋を見ると、キッチンは足の踏み場なく食器棚の中の食器がすべて落ちて粉々に割れ散乱、各部屋とも耐震対策の無かった家具類はすべて転倒、棚の中のものが残らず床にぶちまけられて散乱し降り積もっていた。
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足の踏み場が無い中で玄関までの通路だけを確保し、娘達に「携帯、財布、一回分の着替えだけもってすぐに外に避難。余震が来ると次は危ない」と指示した。

過去に被災した時の余震の恐怖が頭に蘇った。

自分の部屋を見てショックを受ける娘達に「命があるだけで良かったんだよ」と話してすぐに3人で部屋を脱出した。
エレベーターは当然止まっていたので非常階段で地上まで降りた。

今思えば、足腰が悪く片足が不自由な自分が一番足元が危ないし娘達は私を心配していたと思うが、娘を守ろうとする母親の本能?なのか?自分の足腰のことはスッカリ忘れて陣頭指揮をとっていた自分を、あとから滑稽に思えた。

やっとの思いで地上に出る。

するとナント、地上では普通の時間が流れていた。

「もしかして大災害はウチだけ?」決死の覚悟で脱出してきた私達は、拍子抜けすると同時に安堵した。3人でミスタードーナツに入ると、やっぱりドーナツは床に一つも落ちてないし、普通に「いらっしゃいませ」と応対されて苦笑した。

コーラを飲んでとにかく落ち着こうと思った。

1時間ほどして自宅へ戻る。

あらためて悲惨な状況を再確認することになったが、娘達が進んで明るく片づけをはじめてリビング半分にスペースを確保。私もキッチンに座り込んで割れた食器を黙々と片付けた。

時間がたつにつれ東北地域の悲惨な状況を知ることになり、私達家族の受けた災害は全然軽い方だった、ということを自覚することになる。

大方を片づけるのに4日ほどかかったが、片づけてみると本当に無くなって困るものは何もなかった。我が家は無くても良いものを随分たくさん持っていたらしい。

趣味のベランダ菜園は、プランターを並べて置いてあった机が真っ二つに割れて大変なことになったが、これも数日かけて植え直しなんとか再生しつつある。一部手つかずの場所もまだあるが…温かくなるを待ってボチボチ片付けようと思う。
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数日が過ぎて、都内は電車の混乱や計画停電や買い占め問題があるが、我が家は私が足腰が悪いので普段から物を買い溜めしているため、有り難いことに追加で買う必要のもの何一つ無かった。都内で品薄な商品の殆どが以前から備蓄されている。懐中電灯は無いけど、それぐらいは他の人に譲ろうと思い買うのをやめた。

都内は駅に行列とか、それなりに混乱もあるが、東京人は元々並ぶことに慣れているので報道は大げさすぎると感じる。

自分に、我が家に出来ることは節電と募金と、いつも通りの日常を粛々とおくることであると思っている。

先日のNHKニュースで、気仙沼に住む友人が取材を受けているのを見た。
ああ、生きていた、ヨカッタと、地震後初めて涙が出た。
携帯電話の充電が可能になったことを取材している内容であったが、彼が携帯で離れた場所に避難しているであろうお嬢さん(多分)に向けて、携帯で連絡をとっていた。

「前向きに、ブレずに頑張ろう。パパも頑張るから」

彼の強さに胸を打たれた。

東北人は我慢強い。苦しくても静かに耐える人々である。

だから絶対に蘇って復興できる。

がんばれ東北人、がんばれ日本!

バランス感覚

大地震が起きた。我が家は東京にあるがマンション8階であることや建物の構造上の影響もあり家の中はかなり大きな被害を受け、命からがら…というような体験したが、その話は別記事に書こうと思う。



今回のように不測の事態が生じた時というのは、自分の置かれた状況と回りの状況を客観的に捉えたバランスの取れた判断能力の有無が顕著に露呈される瞬間ともなる。

電車が止まり「マジありえない、渋谷に遊びにいけないし!」と言う女子高生も、「停電したらドライヤーとかどうすんの?」と言うギャルも、「動くのか動かないのかハッキリすべき」と駅員に真剣に説教しているサラリーマンも、行政や東電の記者会見で高圧的な物言いをする報道関係者も、

広く全体を把握するバランス感覚の欠如がもたらすことで起こる行為、と感じる。

人も政府も企業も、今、完ぺきな対応が取れないことについて誰かがアドバイスしたり知恵を結集して、より良いものに変えるための努力は必要だが、そのための「必要な指摘」と「ただの批判」が錯綜しているような、報道の無駄に威圧的な態度や発言には、政府や東電が未曽有の危機を回避すべくアドレナリンをあげまくって張り詰めている時に、横から水を刺さないでくれ!、頼むから〜〜〜っ、と感じる。

政府や東電の対応を責めることはあとでいくらでもやって良いから、とにかく今は、我々がオールジャパンで対応すべき時であり、不眠不休の政府や専門家やその中枢にいる立場の人を、言葉尻で追いつめて、判断能力を鈍らせたら元も子もない。彼らがもうダメと諦めたらオールジャパン根こそぎ終わりなんだから。

彼らが最大の能力を存分に発揮できるようにすることこそ今必要なことだ。
それ以外に、私達に出来ることは無いんだから。
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