2010年02月18日
うちの長女、若者にしてはめずらしく金銭欲や物欲の薄い女である。
ブランド品や貴金属に全く興味を示さない。
持っている服や服飾品はすべて超安物な上、よく見るとボロボロ。
それを、かなり上手に着こなしてはいる。だから一見するとイマドキの派手&オサレなギャルにも見えるが、しかし中身は違うので、そばにいると余計にギャップを感じる。
ついでに言うと、長女は携帯メールも好きじゃなく、メール好きの友達から何度もメールが来ると「返事がめんどくさい」とよくボヤき、5回に1回程度1行の返事をやっと書くようなタイプ。
(必要な時は長文も書く!と本人は言ってたけど…念のため)
更に、妹を溺愛し、そして自分の教え子の生徒達のこともかなり可愛がっている。まるで年寄りが孫を可愛がるような手放しの愛情で。
そんな長女に、アナタの感性は中高年以上だと、私も言っている。
そのようなババくさい性格な上に、物欲・金銭欲・出世欲もナシ・・・。
そんなもの無くても楽しく生きる術を知っている、と言わんばかりの生き様に見える。
ところで長女は半年前ぐらいから有料で生徒を持つようになり、最初は4人の生徒からスタートして半年で12名まで口コミで生徒を増やしている。学生の間にボランティアで後輩にダンスを教えてきた実績や人脈を活かし、どこかのダンススクールに所属してではなくて、いわゆる個人事業主というスタイルで、自力で生徒を集めてダンス指導を開始した。
そういうことをやってのける所は、そこそこエライと内心思っている。(親バカです)
しかし、教え子の生徒から取る月謝は格安。可愛い生徒達のためを思ってのことだが、そのかわり本人ド貧乏。それでも本人は全く気にしてない。
確かにお金がすべてとは思わないし、お金で幸せは買えないと教育したのは自分かも・・・とは思うけど。でもさすがに長女の無欲ぶりには、度を越したものがあると感じて、注意をした。
あなたはお金なんかなくても平気だろうけれど、今ダンスの指導者として生徒を持っている立場として、後輩達の目標となるべき責任があるのではないか。あなたがダンスだけでちゃんと食べていくことが出来て、尚且つ後に出てくる後輩の指標とならずして、あなたの愛するダンス業界の発展はありえない。
もちろん好きなことをしてその瞬間だけでも幸せならそれで良し、という生き方もあるけれど、だったら他に定職を持って、ダンスは趣味かボランティアに徹するべき。あなたは今後、一体どういう道を生きたいのか。
というような内容。
長女はそれなりに神妙に聞いていた。
それから彼女は、いわゆる経営者的な発想というものを少し持つようになった気がする。今までは、単発での振り付けや音楽編集をボランティアで受けていたものも、ある程度お金を取るという考え方をするようになってきた。そして将来の目指すべき方向性を具体的に描くようにもなってきた。
それでも、ダンスだけで自立生活ができるぐらい稼ぐには、まだ時間がかかりそうであるが、もう少し貪欲さを持って前進してほしいと母は願いつつ見守る。
ブランド品や貴金属に全く興味を示さない。
持っている服や服飾品はすべて超安物な上、よく見るとボロボロ。
それを、かなり上手に着こなしてはいる。だから一見するとイマドキの派手&オサレなギャルにも見えるが、しかし中身は違うので、そばにいると余計にギャップを感じる。
ついでに言うと、長女は携帯メールも好きじゃなく、メール好きの友達から何度もメールが来ると「返事がめんどくさい」とよくボヤき、5回に1回程度1行の返事をやっと書くようなタイプ。
(必要な時は長文も書く!と本人は言ってたけど…念のため)
更に、妹を溺愛し、そして自分の教え子の生徒達のこともかなり可愛がっている。まるで年寄りが孫を可愛がるような手放しの愛情で。
そんな長女に、アナタの感性は中高年以上だと、私も言っている。
そのようなババくさい性格な上に、物欲・金銭欲・出世欲もナシ・・・。
そんなもの無くても楽しく生きる術を知っている、と言わんばかりの生き様に見える。
ところで長女は半年前ぐらいから有料で生徒を持つようになり、最初は4人の生徒からスタートして半年で12名まで口コミで生徒を増やしている。学生の間にボランティアで後輩にダンスを教えてきた実績や人脈を活かし、どこかのダンススクールに所属してではなくて、いわゆる個人事業主というスタイルで、自力で生徒を集めてダンス指導を開始した。
そういうことをやってのける所は、そこそこエライと内心思っている。(親バカです)
しかし、教え子の生徒から取る月謝は格安。可愛い生徒達のためを思ってのことだが、そのかわり本人ド貧乏。それでも本人は全く気にしてない。
確かにお金がすべてとは思わないし、お金で幸せは買えないと教育したのは自分かも・・・とは思うけど。でもさすがに長女の無欲ぶりには、度を越したものがあると感じて、注意をした。
あなたはお金なんかなくても平気だろうけれど、今ダンスの指導者として生徒を持っている立場として、後輩達の目標となるべき責任があるのではないか。あなたがダンスだけでちゃんと食べていくことが出来て、尚且つ後に出てくる後輩の指標とならずして、あなたの愛するダンス業界の発展はありえない。
もちろん好きなことをしてその瞬間だけでも幸せならそれで良し、という生き方もあるけれど、だったら他に定職を持って、ダンスは趣味かボランティアに徹するべき。あなたは今後、一体どういう道を生きたいのか。
というような内容。
長女はそれなりに神妙に聞いていた。
それから彼女は、いわゆる経営者的な発想というものを少し持つようになった気がする。今までは、単発での振り付けや音楽編集をボランティアで受けていたものも、ある程度お金を取るという考え方をするようになってきた。そして将来の目指すべき方向性を具体的に描くようにもなってきた。
それでも、ダンスだけで自立生活ができるぐらい稼ぐには、まだ時間がかかりそうであるが、もう少し貪欲さを持って前進してほしいと母は願いつつ見守る。
2010年02月05日
実は、この日記は3日前に書いたものである。
書いたけど、アップする暇が無かったので3日たったのだが、ナント本日、この日記の最後の私のつぶやきを聞いたかのような人から連絡があった。
不思議だなぁーすごーく不思議だー。
<3日前の日記>
生命保険に関する書籍は数々ある。最近はとくに、保険に入っちゃイカン的なタイトルとか、保険はアヤシイとか騙されるな、とかいうような保険否定系タイトルの本が多い。しかし中身を読むと、みんな絶対に保険に入るなよ〜とは、実は書いていなかったりするのだけどね。
それから、保険について損得を訴えるようなタイトル本も目にするが、保険のしくみをわかっていれば、損も得もナイだろと私は思うのだけど、こういう方が大衆受けが良いらしい。
だけど私は、そういう否定系や損得系のタイトルには、どうしても抵抗を感じる。
保険そのものが否定されるなら、保険会社も保険商品も無い方が良いというような、そもそものハナシになるので、それじゃ極論でしかない。たとえば、一家の主が突然大病にかかったら、その子どもは進学を諦めても当然なのか?・・・ということを私は問いたい。
保険販売の現場にいると、保険のおかげで助かった〜という人たちに多数遭遇するので余計にそう思う。それに自分も入院と手術をして保険の給付金のお陰でものすごーく助かったのでマジでマジで、まーじーで、そう思う。
また病が最悪化している時期に、大学受験目前の次女が「私は大学を受けてもいいのか?」と聞いてきた時「保険があるので、まかり間違って私が死ぬようなことがあっても、お金は大丈夫だから安心して勉強に専念しなさい。」と言えた。保険さんアリガトウ、と思ったよワタシ。
ついでに「私の病気を理由に勉強の手を抜いたら化けて出る!」とも言ったけど。
実際死ぬような病気じゃなかったが…、しかし一応病気になった私にとって一番助かった感が大きかったのは、医療費用についてアレコレ悩まずに治療に専念できる、ということが何より大きな心の支えであったという事実。入っててヨカッタの安心感、これが病と闘う者にとっては心の盾でもあった。病は、長い気力との戦い。保険があるとないとで、気持ちへの負担は随分違うもんだなぁと実感したのである。
また医療費用の負担だけでなく、入院前後の療養期間の「収入減」をカバーする、という役目もそれなりにあった。それに、かかるお金は医療費そのものだけではない。体が悪くなるとそれまで必要なかったことに別のお金がかかる。料理が出来なければ家族の食費も高くつくし、体が悪いことで必要になる日常品も多々ある。病気になると余計な金が結構かかる。保険があった方が、やっぱり助かるのだ。
ただし、最近の医療保険などはとくに、手術給付金など一時金の保障を低くしている傾向がある。保険会社にとってもリスクがある部分なのだろう。しかし病気になって必要なのは、ある程度まとまったお金である、と私は体験からそう実感した。そういう商品開発をしてほしいのだが・・・保険会社の今後に期待したい。
ハナシは元に戻るが、民間の保険商品の役目は、公的な社会保障では不足する部分を補填する、ということにある。どの部分は公的保障でカバーされ、どれがカバーされないのか、ということが保険選びの基礎になる。そして、病にかかると、単純な医療費以外にも結構なお金がかかるという点も忘れちゃいけない。ちなみに国民健康保険なのか会社員などの健康保険なのか、ということでも公的保障の範囲も違うので、その点も考慮が必要。
だから保険に必要以上に入る必要はないわけだが、公的な保障だけではあきらかに足りないから民間保険商品がある、ということには変わりない。
んなわけで、保険は必要だけど、でも上手に入った方がより良いということは私も思う。そして実は、タイトルは否定的な保険本の中身も、よく読むとそれと同じようなコトが書かれている(^^;
たとえば「保険には入るな!」というタイトルの意味は「必要以上には入るな」ということであり、「保険に入りなさい」というタイトルの本があるとすれば、それは「必要な分だけ入れ」という意味になる。。。これって両方とも「保険には上手に入りましょう」というのと同じ意味じゃん?
というわけで、私は否定系や損得系タイトルの保険本は好きじゃない。
それよりもっとストレートに真面目に「生命保険の教科書」とかじゃダメなの?もしくは「素直な保険選び」とか「保険を真面目に考える」とか「保険に入っててヨカッタかも」とか、そういうタイトルの方が私は好きだなあ…。
・・・という考えに賛同してくれる出版社の編集者さんがいたら、一緒に良い本書けると思うけど・・・いませんか〜、とつぶやいてみる。
書いたけど、アップする暇が無かったので3日たったのだが、ナント本日、この日記の最後の私のつぶやきを聞いたかのような人から連絡があった。
不思議だなぁーすごーく不思議だー。
<3日前の日記>
生命保険に関する書籍は数々ある。最近はとくに、保険に入っちゃイカン的なタイトルとか、保険はアヤシイとか騙されるな、とかいうような保険否定系タイトルの本が多い。しかし中身を読むと、みんな絶対に保険に入るなよ〜とは、実は書いていなかったりするのだけどね。
それから、保険について損得を訴えるようなタイトル本も目にするが、保険のしくみをわかっていれば、損も得もナイだろと私は思うのだけど、こういう方が大衆受けが良いらしい。
だけど私は、そういう否定系や損得系のタイトルには、どうしても抵抗を感じる。
保険そのものが否定されるなら、保険会社も保険商品も無い方が良いというような、そもそものハナシになるので、それじゃ極論でしかない。たとえば、一家の主が突然大病にかかったら、その子どもは進学を諦めても当然なのか?・・・ということを私は問いたい。
保険販売の現場にいると、保険のおかげで助かった〜という人たちに多数遭遇するので余計にそう思う。それに自分も入院と手術をして保険の給付金のお陰でものすごーく助かったのでマジでマジで、まーじーで、そう思う。
また病が最悪化している時期に、大学受験目前の次女が「私は大学を受けてもいいのか?」と聞いてきた時「保険があるので、まかり間違って私が死ぬようなことがあっても、お金は大丈夫だから安心して勉強に専念しなさい。」と言えた。保険さんアリガトウ、と思ったよワタシ。
ついでに「私の病気を理由に勉強の手を抜いたら化けて出る!」とも言ったけど。
実際死ぬような病気じゃなかったが…、しかし一応病気になった私にとって一番助かった感が大きかったのは、医療費用についてアレコレ悩まずに治療に専念できる、ということが何より大きな心の支えであったという事実。入っててヨカッタの安心感、これが病と闘う者にとっては心の盾でもあった。病は、長い気力との戦い。保険があるとないとで、気持ちへの負担は随分違うもんだなぁと実感したのである。
また医療費用の負担だけでなく、入院前後の療養期間の「収入減」をカバーする、という役目もそれなりにあった。それに、かかるお金は医療費そのものだけではない。体が悪くなるとそれまで必要なかったことに別のお金がかかる。料理が出来なければ家族の食費も高くつくし、体が悪いことで必要になる日常品も多々ある。病気になると余計な金が結構かかる。保険があった方が、やっぱり助かるのだ。
ただし、最近の医療保険などはとくに、手術給付金など一時金の保障を低くしている傾向がある。保険会社にとってもリスクがある部分なのだろう。しかし病気になって必要なのは、ある程度まとまったお金である、と私は体験からそう実感した。そういう商品開発をしてほしいのだが・・・保険会社の今後に期待したい。
ハナシは元に戻るが、民間の保険商品の役目は、公的な社会保障では不足する部分を補填する、ということにある。どの部分は公的保障でカバーされ、どれがカバーされないのか、ということが保険選びの基礎になる。そして、病にかかると、単純な医療費以外にも結構なお金がかかるという点も忘れちゃいけない。ちなみに国民健康保険なのか会社員などの健康保険なのか、ということでも公的保障の範囲も違うので、その点も考慮が必要。
だから保険に必要以上に入る必要はないわけだが、公的な保障だけではあきらかに足りないから民間保険商品がある、ということには変わりない。
んなわけで、保険は必要だけど、でも上手に入った方がより良いということは私も思う。そして実は、タイトルは否定的な保険本の中身も、よく読むとそれと同じようなコトが書かれている(^^;
たとえば「保険には入るな!」というタイトルの意味は「必要以上には入るな」ということであり、「保険に入りなさい」というタイトルの本があるとすれば、それは「必要な分だけ入れ」という意味になる。。。これって両方とも「保険には上手に入りましょう」というのと同じ意味じゃん?
というわけで、私は否定系や損得系タイトルの保険本は好きじゃない。
それよりもっとストレートに真面目に「生命保険の教科書」とかじゃダメなの?もしくは「素直な保険選び」とか「保険を真面目に考える」とか「保険に入っててヨカッタかも」とか、そういうタイトルの方が私は好きだなあ…。
・・・という考えに賛同してくれる出版社の編集者さんがいたら、一緒に良い本書けると思うけど・・・いませんか〜、とつぶやいてみる。
2010年01月24日
昨年脊髄系の病気で入院手術をしたワタクシであるが、実はその12年前にも病気で入院した時期がある。その時の病名はA型肝炎というものであったが、病状が最悪の時期には死を覚悟した思い出がある。
しかし2週間後には(死を覚悟したことはナカッタことにしたい!と思うほど)メキメキと回復して3週間で退院した。それでも、発病前の体力には戻りきれなかった。そして様々なトラブルに巻き込まれて1年後には転職し、その後うつ病になり・・・と、どん底の時期を3年間ぐらい味わうことになる。
しかしそれが自分の人生に転機をもたらすことになった。
病気だけが理由ではないが、病気になったことで、それまで見えなかったことが見えるようになった面は確かにあったと思う。それまで愛情を注いできた会社を辞め独立起業し、それまでとは全く違う人脈を築き、違う方向へと向かうことになった。
どん底の3年間は、その後の方向性を模索し続けた期間でもあったように思う。
その後から今まで、その答えを見つけていき、抱いた夢や目標を少しずつ形に変えて12年が過ぎた。
そして12年後にまたも病気になったわけだ。
12年というのは占いも干支も12年サイクルだし、如何にも意味がありそな年数である。流行の六星占術でも木星人(−)の私は、今年から大殺界の時期に入る。12年前も同じくどん底の3年はキッチリ大殺界時期で、占いというのは意外と当たるらしい(^^;
私はこれからの3年で、また人生の転機を迎えることになるのかもしれない。
できれば3年もどん底を歩くのは避けたい所だが、しかし多少の痛みは覚悟しなければいけないかも。
病気というのは、それまで背負ってきた何かを吹っ切るには良い経験なのかもしれないと、フと思う。1年前だったら、自分の中にあるプライドや義理や主義が足枷になって決心できなかったことも、今なら出来るような気がする。生きているうちにやりたいことはやるべきだと、病気になったからこそ、そう思えるからである。
しかし2週間後には(死を覚悟したことはナカッタことにしたい!と思うほど)メキメキと回復して3週間で退院した。それでも、発病前の体力には戻りきれなかった。そして様々なトラブルに巻き込まれて1年後には転職し、その後うつ病になり・・・と、どん底の時期を3年間ぐらい味わうことになる。
しかしそれが自分の人生に転機をもたらすことになった。
病気だけが理由ではないが、病気になったことで、それまで見えなかったことが見えるようになった面は確かにあったと思う。それまで愛情を注いできた会社を辞め独立起業し、それまでとは全く違う人脈を築き、違う方向へと向かうことになった。
どん底の3年間は、その後の方向性を模索し続けた期間でもあったように思う。
その後から今まで、その答えを見つけていき、抱いた夢や目標を少しずつ形に変えて12年が過ぎた。
そして12年後にまたも病気になったわけだ。
12年というのは占いも干支も12年サイクルだし、如何にも意味がありそな年数である。流行の六星占術でも木星人(−)の私は、今年から大殺界の時期に入る。12年前も同じくどん底の3年はキッチリ大殺界時期で、占いというのは意外と当たるらしい(^^;
私はこれからの3年で、また人生の転機を迎えることになるのかもしれない。
できれば3年もどん底を歩くのは避けたい所だが、しかし多少の痛みは覚悟しなければいけないかも。
病気というのは、それまで背負ってきた何かを吹っ切るには良い経験なのかもしれないと、フと思う。1年前だったら、自分の中にあるプライドや義理や主義が足枷になって決心できなかったことも、今なら出来るような気がする。生きているうちにやりたいことはやるべきだと、病気になったからこそ、そう思えるからである。
2010年01月07日
というわけで2010年が無事に明けた。
昨年は思わぬ脊髄の病気になり、年末年始は病気療養期間として過ごしていた。
まだ術後1ヶ月と10日程度しか過ぎてないので、今でも半病み上がりではあるが、年が明けて社会復帰への道をヨチヨチと歩き出した所である。
手術前は歩くこともままならず車椅子で入院と相成ったが術後は歩けるようになり、医療技術とはスゴイもんだと実感する。
左足の痺れと痛みは相変わらずだが、左足は一番最初に症状が発症した場所であり、麻痺期間が長いほど神経が元に戻りにくいということは、物理的に考えられる現象である。普通に歩けるが、下り階段は、ちょっと怖い。段差などにも神経を使う。術前、左足はそれこそ感覚が全く無いに近い状態であったが、良いのか悪いのか、それよりも感覚は回復しているものの、たとえば、冷たいのも熱いのも「痛み」に感じるので、不快現象が残ってしまったわけだが、、、ま、仕方なし。
それでも術前を思えば、普通に歩けるだけ1000倍幸せ。
昨日は、退院後初の遠出の仕事があり名古屋まで出張。新幹線に乗るのはもちろん、山手線に乗るのさえ久しぶりである。しかしちゃんと東京駅まで行けたし新幹線にも乗れたゾ。やったネ!
名古屋では180名あまりの前で講演。内容は生保販売ノウハウ系のお話である。久々の講演だったが、手術して生還できたことや社会復帰できた自分自身の喜びの思いもプラスされて、語りながら気持ちが熱くなっていくのを心の中で感じた。
私は今日という日を一生忘れないだろうと思った。
何人かの人に、とても良かったと声をかけて頂き、ホッとする。
そして日帰りで家にも無事に戻り安堵と感激の思いに浸りつつ眠った。
翌日はなるべく体を休めることに徹して過ごす。いきなり無理しないように注意している状況であるが、でも、こうやって少しずつ、社会復帰への道を歩き出せていることに喜びを感じる。
今年は健康に気をつけつつ、ゆっくりじっくりと人生を大事に生きる年にしようと思う。
昨年は思わぬ脊髄の病気になり、年末年始は病気療養期間として過ごしていた。
まだ術後1ヶ月と10日程度しか過ぎてないので、今でも半病み上がりではあるが、年が明けて社会復帰への道をヨチヨチと歩き出した所である。
手術前は歩くこともままならず車椅子で入院と相成ったが術後は歩けるようになり、医療技術とはスゴイもんだと実感する。
左足の痺れと痛みは相変わらずだが、左足は一番最初に症状が発症した場所であり、麻痺期間が長いほど神経が元に戻りにくいということは、物理的に考えられる現象である。普通に歩けるが、下り階段は、ちょっと怖い。段差などにも神経を使う。術前、左足はそれこそ感覚が全く無いに近い状態であったが、良いのか悪いのか、それよりも感覚は回復しているものの、たとえば、冷たいのも熱いのも「痛み」に感じるので、不快現象が残ってしまったわけだが、、、ま、仕方なし。
それでも術前を思えば、普通に歩けるだけ1000倍幸せ。
昨日は、退院後初の遠出の仕事があり名古屋まで出張。新幹線に乗るのはもちろん、山手線に乗るのさえ久しぶりである。しかしちゃんと東京駅まで行けたし新幹線にも乗れたゾ。やったネ!
名古屋では180名あまりの前で講演。内容は生保販売ノウハウ系のお話である。久々の講演だったが、手術して生還できたことや社会復帰できた自分自身の喜びの思いもプラスされて、語りながら気持ちが熱くなっていくのを心の中で感じた。
私は今日という日を一生忘れないだろうと思った。
何人かの人に、とても良かったと声をかけて頂き、ホッとする。
そして日帰りで家にも無事に戻り安堵と感激の思いに浸りつつ眠った。
翌日はなるべく体を休めることに徹して過ごす。いきなり無理しないように注意している状況であるが、でも、こうやって少しずつ、社会復帰への道を歩き出せていることに喜びを感じる。
今年は健康に気をつけつつ、ゆっくりじっくりと人生を大事に生きる年にしようと思う。
2009年12月29日
報告が遅くなったが、12月半ば、無事に退院して生還した。
入院前は殆ど歩けなくなり、激痛で30秒以上立っていられず、だから車椅子入院となった。腕の麻痺も進み、手を伸ばすことが出来なくなり、目の前のモノさえ取れなかった。かろうじてパソコンを打てたのが救いで、原稿執筆の仕事などをこなすことが出来たが、座りっぱなしの日々だった。
それが、手術をしたら歩けるようになり、両手も元に戻った。
医療技術というのはスンゴイと思う。まさに神の手。
しかし残念ながら、左足に痛みと痺れが残った。痺れは覚悟していたが痛みがあるのは少し辛い。ま、それでも歩けるので、術前に比べれば天と地の差であるが。
そして、退院したら即効でたまった仕事が降ってきた。
しばらく療養しようと思ったが、それどころか休む間もない状態である。
仕事があるだけ幸せではあるけれど。
サラリーマンだったら仕事復帰は当面無理だったと思うが、自営なので自宅でも仕事が出来るしコントロールも出来る。10年前に独立起業しておいて正解であったと心底思う。
連載原稿を書き、ルーティン業務をこなし、年末なので年賀状や顧客へのカレンダー発送などやることが多い。毎日、ヘトヘトになる。
加えて、足の痛みと、首の傷口の痛みや肩周辺の凝ったような鈍痛に悩まされる。
辛いけど、でも仕事があるだけイイじゃない、と、自分に言い聞かせて黙々と仕事に励む。
入院前は殆ど歩けなくなり、激痛で30秒以上立っていられず、だから車椅子入院となった。腕の麻痺も進み、手を伸ばすことが出来なくなり、目の前のモノさえ取れなかった。かろうじてパソコンを打てたのが救いで、原稿執筆の仕事などをこなすことが出来たが、座りっぱなしの日々だった。
それが、手術をしたら歩けるようになり、両手も元に戻った。
医療技術というのはスンゴイと思う。まさに神の手。
しかし残念ながら、左足に痛みと痺れが残った。痺れは覚悟していたが痛みがあるのは少し辛い。ま、それでも歩けるので、術前に比べれば天と地の差であるが。
そして、退院したら即効でたまった仕事が降ってきた。
しばらく療養しようと思ったが、それどころか休む間もない状態である。
仕事があるだけ幸せではあるけれど。
サラリーマンだったら仕事復帰は当面無理だったと思うが、自営なので自宅でも仕事が出来るしコントロールも出来る。10年前に独立起業しておいて正解であったと心底思う。
連載原稿を書き、ルーティン業務をこなし、年末なので年賀状や顧客へのカレンダー発送などやることが多い。毎日、ヘトヘトになる。
加えて、足の痛みと、首の傷口の痛みや肩周辺の凝ったような鈍痛に悩まされる。
辛いけど、でも仕事があるだけイイじゃない、と、自分に言い聞かせて黙々と仕事に励む。











